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●秋瑾 しゅうきん

アジア 中華人民共和国 AD1875 清

 1875〜1907 中国,清末の婦人革命家。浙江省紹興県の人。字はセン※注1※卿,号は競雄・鑑湖女侠・漢侠女児。官僚地主の家庭に生まれ,1896年(光緒22)湘潭の王廷鈞と結婚し1男1女をもうけた。1903年(光緒29)戸部主事となった夫とともに北京に出る。1904年(光緒30)時局を憂え,勉学の必要を痛感して単身日本に留学。東京の留学生会館付設の講習会で日本語を学んだのち,青山の実践女学校に入学した。この間多くの革命家と知りあい1905年(光緒31)に中国同盟会に加入,浙江分会の会長に推された。1906年(光緒32)清国留学生取締事件に抗議して帰国。上海に中国公学を設立し,上海・浙江一帯で革命運動に奔走した。1907年(光緒33)「中国女報」を創刊,革命と女性解放を力説した。同年紹興に帰り徐錫麟陶成章らと大通学堂を経営。同時に会党などと結んで光復軍を組織し,反清蜂起を準備した。7月その計画がもれ,徐は安徽巡撫恩銘を暗殺したが殺され,彼女も連座して処刑された。〈秋風秋雨人を愁殺す〉はそのときの辞世の句といわれる。

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