●宗教人類学 しゅうきょうじんるいがく
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宗教人類学とは,原始宗教を対象としつつ,おもに社会学的方法により,法則科学をめざして集約的比較研究を行い,とくに宗教と社会・文化構造との関連,社会的意味や機能の問題に重点をおいて研究する分野であり,現代の宗教をも対象とする。宗教民族学とほとんど同意義に用いる場合もあるが,宗教民族学が同じ原始宗教を対象としつつも,おもに歴史的方法によって宗教史の再構成を重点とした比較研究を行い,そのなかでとくに宗教の分類・進化・伝播の問題を重視し,つとめて文献史の補足的研究をめざす点において異なる。宗教人類学は宗教民族学の発展のなかで成立した。宗教民族学の歴史は,三つの時期に分けられる。第1期はギリシア・ローマ時代から19世紀前半にいたる時期,第2期は19世紀後半から20世紀初期にいたる時期,第3期は20世紀初期以降今日にいたる時期であり,この時期を宗教人類学の成立とみなせる。第2期の宗教民族学の諸理論が,旅行者や宣教師によって記録された2次資料にもとづいていたのに対し,第3期の理論は,専門家の野外調査による1次資料によって構築されており,トロブリアンド諸島の実態調査にもとづくマリノフスキーの呪術に関する機能主義理論や,アンダマン島民やオーストラリア原住民の実地調査をもとにしたラドクリフ=ブラウンの儀礼についての機能主義理論は,この時期の代表的理論である。これらの理論は,民族学の独自の対象である原始(未開)民族の,まとまりのある個々の文化共同体を全体として内面から調査分析することにより,遠い過去の再構成ではなくて,むしろ人類文化一般のプロセスないしは普遍的原理にむかおうと主張するものである。現代のイギリス・アメリカにおける社会人類学の流れはその発展とみてよい。
20世紀の後半になると,イギリス・アメリカ・フランスの社会・文化人類学者のあいだで,おもに神話−儀礼体系に焦点をすえた宗教の機能主義理論や構造主義理論が,積極的に展開されるようになった。イギリスの社会人類学者ファースは,ポリネシアのティコピア族の実態調査をとおして,死後の世界観と祖霊観が現実の社会を反映していることを指摘し,宗教観念と社会組織が相関関係にあることを説いた。E.プリッチャードは,東アフリカのアザンデ族の妖術・託宣・呪術の相互関連性を明らかにしたほか,ヌエル族の信仰体系を分析し,霊魂観念や死生観・聖年の観念・供犠儀礼などが相互に関連し,ヌエル族の分節的社会組織と密接に結合していることを指摘し,信仰体系の総合的研究を力説した。アメリカの文化人類学者クラックホーンは,ナバホ族の調査をもとにして,神話と儀礼の一般理論を提唱し,神話と儀礼が密接に結合していること,両者が社会に対する個人の適応を容易にし,社会集団の凝集力と安定性を保証すること,また両者は個人の反社会的な衝動を浄化する手段であることなどをあげている。そして儀礼を,社会の要求の象徴的な演劇化神話をその要求の合理化と考えた。フランスの構造主義的人類学者レヴィ=ストロースは神話の構造分析を促進した。彼によると神話の目的とは,宗教的世界観と世俗的経験のあいだの矛盾を克服する論理的モデルを提供することであり,神話的思考の論理は科学的思考の論理と同一のものと想定され,また神話のなかの図式と現実社会の構造とのあいだに矛盾がみられるのは,その図式が言語や社会構造・生活様式を異にする部族社会のあいだに伝播される際に生じた歪みであると論じた。イギリスの社会人類学者リーチは,神話にみられる二元構造は偶発的なものではなく,人間の思考過程の本質的な対立を反映するとみなし,また時間の象徴的表象の分析を試み,祭祀構造の諸特徴を摘出している。
このほかに,メラネシアのカーゴ=カルトやアフリカその他の地域のメシア運動を中心とする宗教変動論などの研究がなされている。