●輯安 しゅうあん
アジア 中華人民共和国 AD
中国,吉林省鴨緑江中流域にある輯安県の県治。高句麗中期の国都の所在地(209?〜427)。丸都または国内域ともいわれた。俗に通溝・洞溝ともいう。第10代山上王延優が渾江流域(鴨緑江支流)の初期の国都所在地卒本(現吉林省桓仁付近?)からこの地に都を遷した。以来,長寿王が平壌に遷るまで国都が置かれた。付近には丸都城址(国内城址)・広開土王碑および無数の古墳群が残っている。また,県城の北3kmの山城子山城(丸郡山城)は当時の典型的な山城跡であり,山を利用して石塁を築き,有時の際の防衛の拠点であった。古墳は,積石塚と盛土塚とに大別でき,将軍塚は積石塚の代表的なものである。また土塚の中には,壁画を残しているものがあり,四神塚・角抵塚・舞踊塚などが有名である。広開土王碑は角礫凝灰岩でできた巨大な方形柱状の建造物で,城外東北4kmの地点にある。ここには清末にフランス人E. D. シャヴァンヌも訪れ,ヨーロッパにも紹介されている。〔参考文献〕池内宏・梅原末治『通溝』上・下,1973,国書刊行会