●シャー=クリー=ウッラー
AD1703
1703〜62 インドのムスリム思想家。ナクシュバンディー派の神学者を父としてデリーに出生。30歳ごろメッカ・メディナを巡礼,ハディース=イスラーム法学を学び帰国したが,ムガル帝国弱体化の現実は,彼を宗教思想・法学の研究から国家論・社会論の模索体系化へと導いた。ムスリムはスーフィズムと正統派神学の対立を超えて統合される必要があった。彼は,正統派神学の立場を堅持しつつも寛容を説き,『コーラン』のペルシア語訳を行いイジュティハードについても解釈の自由裁量を認めた。社会体制に対する批判はイスラームの復古・浄化の方向,つまりサラフ主義的志向からなされた。インド=ムスリム支配がヒラーファト(カリフ制)の理念に復帰すべきだとするのもその一つの表明であった。彼の理論はその子アブドゥル=アズィーズの弟子アフマド=バレールビーの政治実践へと結実した。19世紀におけるインド=ムスリム改革運動の思想的源泉とみなされる。主著は『神学汎論』。