●シャフツベリ
ヨーロッパ 英国 AD
イギリスの伯爵。同名の初代伯,3代伯,7代伯が著名。【初代伯】1621〜83 政治家。父はハンプジャーク准男爵。1640年下院議員,清教徒革命では初め王党派であったが1644年議会派に転ずる。王政復古に際しチャールズ2世の復帰に貢献,1660年枢密院議員となり1661年男爵に叙せられアシュリー卿を名のり,1672年まで大蔵大臣をつとめた。チャールズ2世の内閣いわゆるcabal の閣僚となり,1672年シャフツベリ伯に叙せられたが,1673年王のカトリック政策に反対,審査律を支持して解任,反カトリックの立場から王弟ヨーク公を王位継承から排除しようとする議会の党派(これがホイッグと呼ばれた)のリーダーとなり,1679年の人身保護律を議会で通過させた。チャールズ2世の庶子モンマス公を王位継承者として推し,ヨーク公ジェームズを国教忌避者として告発するなどしたが,大逆罪で一時ロンドン塔に幽閉,その後放免されたが,国王とヨーク公の暗殺を計画したライ=ハウス事件が発覚,1681年オランダに亡命,客死した。当時王党派からは国王に対する裏切者として非難されたが,イギリス議会政治史のなかで果たした役割は大きい。
【3代伯】1671〜1713 哲学者。初代伯の孫。シャフツベリ伯家の主治医でもあったロックの教育を受けて育つ。下院議員に選出されたが病弱のため政界を引退。著作活動を始める。いわゆる“道徳感学派”の祖として人間の利他的善意という本性を道徳行為の本源的動機として認め,それにもとづく自然調和を説いた。ホッブスの人間の行為がすべて自己保存欲に発し,それが社会的関係に制約される限り道徳的であるとした利己主義的・唯物論的倫理学に対するもので,ポープ・ヒューム・スミスらに影響を与えた。主要な著作としては『モラリスト−哲学的叙事詩』『人間,風習,世論,時代の諸特徴』などがある。
【7代伯】1801〜85 政治家。ハロー校・オックスフォード大学を卒業,アシュリー卿(1811〜51)の称号,のちシャフツベリ伯となる。1826年以来下院議員に選ばれ保守党に属した。博愛主義者・社会改良家として知られる。精神病法の改革,炭坑における少年・婦人労働者の雇用廃止,10時間労働制,少年の煙突掃除人の雇用制限,少年犯罪者の更生,貧民学校の設立など労働者階級の社会状態の改善,労働者保護立法,少年の保護・教育などの社会改良に貢献した。彼の活動は進歩的思想よりはその福音主義的キリスト教信仰にもとづくものであった。