●シャハト
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1877 ドイツ帝国
1877〜1970 ドイツの財政・金融の専門家・政治家。ノルトシュレスウィヒに生まれる。医学・文学・経済学を学び,講壇社会主義者シュモラーの影響を受ける。ドレスデン銀行などの経営に携わったのち,1923年,全国通貨委員兼ライヒスバンク(国立銀行)総裁となり,第一次世界大戦後のインフレーション収束に成功した。のちに対連合国賠償政策に関して政府と対立し,1930年に辞任。そののち,ナチスに接近し,1933年ライヒスバンク総裁に復帰,1934年ヒトラーのもとで経済相とも兼任して経済運営の全権を掌握した。巨額の公共支出による雇用創出計画と軍備拡大を支えるために経済統制政策を開始したが,インフレと外貨枯渇に直面してゲーリングと対立して失脚した(1936,37)。戦後,ニュルンベルク軍事裁判にかけられたが無罪。さらにドイツ非ナチ化裁判でも無罪となる(1949)。1951年からインドネシア・イラン・シリア・エジプトの財政顧問をつとめた。