●社会主義 しゃかいしゅぎ
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【定義】〈社会主義は社会主義者の数だけある〉(クロスランド)といわれるぐらい多義性をもち,一義的定義の難しい用語とされている。社会主義の語源は,ラテン語,つまり仲間・協同であり,友愛精神に富む協同社会をめざすものといえる。しかし,協同はそれが理念にとどまる限り,社会主義の占有物ではない。人間性・自由・平等をこれに加えても,やはり同じことである(マルクス)。社会主義とは,生産手段の私有制と市場競争を悪として排し,平等を価値体系の中心におく思想であるといえよう。競争秩序に代えるに平等秩序をもってする。このため政治・経済の両面において,資本主義にはみられない強さで,協同体あるいは統治者による中央計画・規制・啓蒙・教化・道徳・規律が必要である。広義社会主義には,ユートピア社会主義・フェビアン社会主義・ギルド社会主義・社会民主主義・共産主義・無政府主義などが含まれる。さらに現代では,アフリカ社会主義・アラブ社会主義・アジア社会主義などの用語も使われている。また一方,狭義社会主義は,共産主義と区別される社会民主主義を指す。この解説では,社会民主主義を社会主義思想の最も成熟した段階のものとして位置づける。【初期社会主義】トマス=モア・サン=シモン・フーリエに代表されるユートピア社会主義は,相続による富と権力の不平等を告発し,ブルジョア的私有財産制は合理的社会秩序の敵であり,神聖不可侵とすべきではない,と主張した最初の社会主義思想である。サン=シモン(1760〜1825)は,産業社会では専門家による統治を必要としたのに反し,フーリエ(1772〜1837)は,協同社会という新しい社会環境のなかでは,人々の自発性によって,なんらの強制なしに望ましい社会秩序が形成されるとしている。R.オーエン派のアメリカ各地での〈一致協力村〉の実験,協同組合・労働組合活動はすべて失敗に終わったが,労働全収権思想や協同社会の理念はイギリスの社会主義思想のなかに生きつづける。フランスにも1840年代に社会主義思想が誕生した。プルードン(1809〜65)は無政府主義で有名だが,中央集権的色彩の強い社会主義に警告を発したこと,人間の自発的相互扶助を重視したことの意味は重い。
【階級闘争論】マルクス(1818〜83)のいう階級とは,必ずしも支配名と被支配者,富者と貧者といったものではない。生産関係(生産手段の所有関係)のうえで共通の位置にあり,将来の展望・利益を共にするグループをさす。モンテスキュー(1689〜1755)・ヘーゲル(1770〜1831)に従い,マルクスは,法制・教育・宗教などの社会の上部構造とその時代の生産関係を指す下部構造とは密接不可分に結びついているという。社会主義社会での平等秩序には社会主義的生産関係が対応しなければならない。社会主義的生産関係を創り出すためには,プロレタリア階級(無産労働者)の手によるブルジョア階級(資本家)からの生産手段の収奪が必要。それを万能にするのは,資本主義の成熟とともに用意される階級闘争の激化である。しかし,社会主義革命をへて共産主義に到達しさえすれば,全人民の生産関係上の位置が平等化し,階級闘争が消滅するとともに,階級闘争の歴史としての人類史にも終止符が打たれ,恒久の平等秩序のユートピアの歴史が始まると期待した。この考え方は,エンゲルス(1820〜95)にとって〈科学的社会主義〉と映り,先行社会主義は〈空想的社会主義〉にすぎなかった。マルクス・エンゲルス『共産党宣言』(1848)はこの考え方を公表し,〈万国のプロレタリアよ団結せよ!〉と訴えるものであった。
【社会民主主義】マルクスの期待に反し,赤色革命(暴力革命)路線は,当時最も成熟度の高いとマルクスが判断したイギリスでは受け入れられなかった。第1インターナショナル(1864年ロンドンで結成された国際労働者協会)は,ヨーロッパ大陸での資本主義の成熟に伴い,マルキシズム(マルクスらの社会主義革命論)からの訣別を告げ,社会民主主義に道を譲る。万国の労働者は,マルキシズムの旗のもとに団結はしなかった。赤色革命は資本主義の未成熟なロシアにおいて採用されたのである。赤色革命はまさに血の革命であった。階級闘争は人間社会の数ある闘争の一つに過きないこと,革命は1回でなく永続すること,平等秩序には競争秩序にみられない不安定性と人間疎外のあること,革命によって得たものは国家社会主義であることが判明した。建前はマルキシズムでも,本心は議会制民主主義のもとでの改革運動によって,社会主義変革が実現できるとする社会民主主義(青色革命)が拡大した。資本主義の弊を除去しようとするあまり,たらいの中の赤ん坊まで流してしまう弊が避けられたのである。民主主義の尊重と分権的市場経済の“自発的交換による協同”の再評価がそれである。社会民主主義政党が1880年代までにヨーロッパ各地で結成され,マルキシズムからの批判を受けながらも(ベルンシュタイン),実践面で合法活動を重ね労働者の支持を得て政権参加あるいは政権担当の実を挙げるようになる。近年では,資本主義経済の枠内で,福祉国家をめざす政策を採用するものが多い。社会主義的呪術からの解放である。
【社会主義の展望】〈能力に応じて働き,必要に応じて分配する〉理念は家族内では当然事として通用する。しかし,家族外ではとうてい通用しない。いや,家族内で通用するならば,社会全体を家族にすればよい,というのが社会主義の最初の発想といえる。しかし,私有制と競争とを放置したままでは社会大家族はブルジョア=イデオロギーから抜け切れず,社会大家族に協同社会を期待することは無理である。ブルジョア=イデオロギーを流し落とすことが先決である。したがって,それと結びついている資本主義的生産関係を社会主義的生産関係に変えることが課題であるとしたのが,マルキシズムである。私有制は,[1]〈砂を転じて金塊となす魔力〉(A.ヤング)をもつ。つまり自分のものは大切に使うこと,[2]働く励みを生むこと,[3]権力からの自由の資力となること,の3利点がある。競争市場にも利点が多い。[1]生産・分配・消費のガイドをすることによって,自動的に滞荷やボトルネックを回避し,効率的生産を生む。[2]〈能力に応じて働き,生産性に応じて分配する〉ことにより勤労意欲を高める。[3]消費者の意向が生産に反映される。[4]市場競争があればこそ,独占の横暴が排除されるし,怠慢な企業は淘汰される。技術革新もまた競争によって促進される。競争は,自由を,搾取する自由にしない安全弁であり,“私益を公益に転化する”社会的魔力をもつ。つまり,これは〈たらいの中の赤ん坊〉である。現在の共産主義国(とくに中国)は赤ん坊受難時代にあるといえる。しかし,社会民主主義においては,賢明にも赤ん坊流亡問題に悩むことが避けられた。社会民主主義にとっては,“平等理念”に磨きをかけることが課題である。機会の平等・結果の平等・賃金体系・物的資本・人的資本の所有などに関し,産業社会に適合した平等理念を明確にすることが緊要である。シュンペーター(1883〜1950)は〈資本主義はその成功のゆえに社会主義に道を譲る〉といったが,社会民主主義は資本主義の成功のゆえに生き延びることができるといえそうだ。修正社会主義と修正資本主義とはおたがいに外形上似ている。このことから,資本主義と社会主義とは福祉国家に向けて収れんないし歩み寄りを示すとする〈収束説〉がある。しかし,資本主義の未成熟な社会では,マルキシズムは不死鳥である。つまり挙国一致・富国強兵政策の担い手となりうるからである。
〔参考文献〕J.ストレイチー,関嘉彦・三宅正也訳『現代の資本主義』1958,東洋経済新報社