●社会史 しゃかいし
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本来は、政治史・経済史・文化史などと並んで、主として歴史における社会的人間関係を主要領域として扱う歴史研究の一分野・方法をいう。近年は、フランスのアナール派の諸研究やドイツの構造史の成果などに触発された“新しい社会史”が、歴史学の新しいジャンルとしての位置を占めつつある。
【社会史の概念】社会史は、端的にいえば、社会的側面に焦点を置く社会ないし人間の史的研究である。換言すれば、集団生活における人間関係をみる考察方法であり、社会の内部構造を探る研究方法であるといえる。しかし、このように社会史をとらえたとしても、その概念は広狭さまざまである。広義には、完全な歴史は共同体をなす存在としての人間社会の歴史であるとするベルンハイムの社会史即一般史の規定や、ブライジヒのように精神史と対置して、国家・法制・利益社会・経済・内政など、現実的・権力的な文化生活の側面に着眼するものを社会史とするとらえ方などがある。狭義の使用も多様であるが、一般に大きく分けて次の四つの類型がみられる。第1は、社会経済史と呼ばれる構成史的社会史である。この立場は、社会史を社会の経済構造の歴史ととらえ、階級構造と社会階級の経済問題に重点を置く点で、むしろ経済史に近い。第2は、社会組識を対象とする構造史的社会史である。これは、一般に社会組織の発達・変遷や社会制度・社会問題などを対象とする。第3は、国家史に対する地域社会史である。これは、アメリカ合衆国における社会史の基本形態をなしているが、地域社会の一般史として広義の性格ももつ。第4は、民衆の歴史としての社会史である。これには、日常生活史、ないしは政治史抜きの一般史的なものと、貧民の歴史、ないしは社会運動史的なものが含まれる。以上四つに大きく類型化できるとしても、社会史の概念は依然として多義的かつあいまいである。
【社会史の構築】このような社会史の概念と方法のあいまいさに対して、歴史家のあいだでは、社会史の本来の意味とその領域を明確にするためのさまざまな研究や堤唱がなされてきた。ここでは、それらのうち、純粋かつ本来の社会史の構築を目指したものとして、高山一十氏と増田四郎氏の場合を取り上げてみる。高山氏は、社会経済史が所与の社会集団の経済関係の歴史―経済史観―であるとすれば、所与の社会集団の社会関係の歴史―社会史観―が真の社会史でなければならないとする。そして、この意味における社会史は、人間理解の一面として、人間のもつ社会性の意識化としての社会意識が形成する社会ないし人間関係を、社会意識の構造の側面から取り上げ、それが歴史的環境の変動に応じていかに発展し、またいかなる意味において人類の社会的進歩が語られるかを考察するものであるとする。つまり、社会意識の史的探究を社会史ととらえるのである。その際、この社会意識は広義のSitte(慣習・習俗・制度など)として把握されるところから、純粋の社会史は、多様なジッテの構造の史的分析に焦点を置く、本来の意味におけるSittenGescnichteでなければならないことを提唱する。いま一人、増田四郎氏の場合は、ヨーロッパにおける社会史志向の背景を探りながら、独自の「社会史への道」を求める。その背景の第1は、近代歴史学の主流が、国民国家中心の事件史・外交史・政治史であったことへの反省であり、第2は、19世紀以降における社会諸科学の極端な分化・専門化の結果、現実の社会の動向についての綜合的判断の実効力を弱めたことへの反省であるとする。そして第3は、記述史料と諸文献のみに依拠して実証的な考証を企てながら、結果として概念史的・一元論的な歴史発展の理論をうちたてようとした古典的歴史学の方法への反省である。そこには、その干からびた人間不在の歴史理論に反省を促し、歴史の対象は“人間たち”つまり“組織された人間集団”にほかならないとする主張がある。以上の社会史志向の系譜を具体的に洗っていくことを通して、氏は、今日の分化・専門化した既成の政治史・経済史・法制史などの問題のたてかたや枠組みにとらわれないで、社会集団がどういうかたちで相互に関連しつつ重層的に存立し、その秩序がどういう社会意識をはぐくみ、何を契機に構造の変化をもたらすかを、“綜合の視角”からとらえることを提起する。
【新しい社会史の登場】西欧の歴史学界において、1950年代から、従来の政治史や社会経済史などの硬直した視角や叙述を超えて、人間生活をより具体的にとらえていこうとする動きがみられるようになった。社会学や文化人類学を援用した社会史の登場である。川北稔氏はその特色を三つにまとめている。第1は、歴史を社会の全体性においてとらえる。第2は、短い期間には変化しがたい長期の変動を扱う。第3は、日常生活習慣や生活意識などを、具体的な“もの”を通じて明らかにする。このような特色をもつ新しい社会史の内容はどのようなものであろうか。これについて氏は、E.J.ボブズボウムの[1]人口史・血縁集団史、[2]都市史の一部、[3]階級・社会層分析、[4]“文化構造”ないし人類学的意味における意識構造の分析、[5]社会体制史―工業化・近代化などという−[6]社会運動史、という分類を修正して、三つに類型化する。第1は人口史である。これには、家族復元法の活用による研究と地方的人口調査記録の比較検討という方法がみられる。第2は、文化人類学的アプローチによる生活史である。これは、ものや生活習慣などの具体的・日常的現象を分析し、生活形態の変化だけでなく、その社会集団の構成員の意識の変化までを明らかにしようとする。第3の類型は、歴史社会学にかかわるもので、ウェーバー以後の社会学が援用される。そして、工業化に関連する家族構造、階級・階層構造の変質、都市化問題などが主として扱われる。したがって、方法としては、文書史料偏重でなく、数量的データを収集・処理したり、口承資料を用いるなどして、日常生活・心性の構造・社会の全体的システムを分析する。
【アナール派】新しい社会史の展開に大きな影響を与えたのは、フランスのアナール派歴史学である。これは、厳密な意味での学問上の党派ではないが、19世紀末から20世紀初頭にかけての伝統的歴史学批判という学問的土壌がその背景にある。具体的には、リュシアン=フェーヴルとマルク=ブロックによって1929年に創刊された『社会経済史年報』に、その誕生を求めることができる。この年報の旗印は、“生きた歴史学”であった。彼らは、この年報を経済的・社会的・地理学的・心理学的な歴史を一体としたような広い基盤をもった歴史学のフォーラムにした。ここに結集した人々をアナール派と呼ぶ。『社会経済史年報』は、第二次世界大戦後『年報―経済・社会・文明』と改称された。1956年にフェーヴルが亡くなった後はF.ブローデルが指導的立場につき、C.E.ラブルース・P.グベールらと第2世代を形成した。現在アナール派は、“新しい歴史学”と自らを呼ぶまでに成長した。現在活躍中の第3世代には、J.ルゴフ・ル=ロワ=ラデュリ・Ph.アリエスらがいる。この新しい歴史学について、二宮宏之氏は次のように説明している。それは、“こころ”と“からだ”の複合体である人間の身体を出発点とし、この身体に直接的にははたらきかけるさまざまな与件を問題にする。こうして一方では、からだの問題として、食物や衣服や居住条件、健康状態や疾病などが取り上げられることになり、他方では、こころの問題として、感覚や情念にみられる特徴、空間や時間に関する観念、生死の観念や秩序のイメージなどの分析を通じて、人びとの“心性(マンタリテ)”が操られる。このような特色について、ルゴフやル=ロワ=ラデュリは、自らの歴史学を民族誌歴史学とか歴史学的人類学、または人類学的歴史学への試みと称している。これは、歴史学と民族学あるいは文化人類学とを結合した人間科学の構想ととらえることもできる。ルゴフは、その基軸になる視点として次の三つをあげている。第1は、歴史を長期的な時間の幅においてとらえるという考え方である。これは、歴史を長期波動においてとらえることであり、方法的には時系列の歴史学をめざすことになる。第2は、日常的物質文化に重点を置いて歴史を考えることである。衣食住、疾病、犯罪、教育と子供、性、生と死などが研究の対象とされる。第3は、歴史を表面的な現象に惑わされないで、その深層においてとらえようとすることである。つまり、“からだ”の歴史と“こころ”の歴史の両面から歴史の深層へ降りていこうという構想である。
【新しい社会史の展開をめぐって】新しい社会史は、わが国においても盛行をみせている。特に中世史研究において顕著である。網野善彦『無縁・公界・楽』、同『日本中世の民衆像―平民と職人』、阿部謹也『ハーメルンの苗吹き男―伝説とその世界』、同『中世を旅する人びと』、網野他『中世の風景』(上・下)などの研究にそれを代表させることができる。また、アナール派関係の翻訳や阿部他による『社会史研究』の創刊などにその盛行ぶりをうかがうことができる。アナール派的な新しい社会史の展開に対して、津田秀夫氏は次のように批判する。深層歴史学は、〈なま身の民衆の生活を承知するには有効であるが、政治史的観点が消失し、……歴史学の実践的課題が生まれてこない〉。また遅塚忠躬氏も、〈社会史が志向する全体性なるものは、ある時代なりある社会なりを静態的にとらえた画像でしか〉ないとして、“動態的推移の脈略図”の必要性を指摘する。しかしながら、幾つかの問題を内包しているにしても、今日の歴史研究にとって、新しい社会史のもつ積極的な意義と有効性は、少しもそこなわれるものではない。
〔参考文献〕増田四郎『社会史への道』1981、日本エディタースクール
ル=ロワ=ラデュリ、樺山紘一他訳『新しい歴史』1980、新評論
川北稔「社会史の方法」(樺山紘一編著『歴史学』)1977、日本評論社