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●社会科教育 しゃかいかきょういく

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【アメリカにおける社会科】社会認識力と公民的資質を育成することを目的とする教科教育。1913年,アメリカの「全国教育協会National Education Association(略称NEA)」によって中等教育改善委員会が設けられ,その一部に社会科委員会が置かれた。この委員会は1915年に「地域社会公民科の教育」を,ついで1916年に「中等教育における社会科」をそれぞれ報告し,ここにアメリカにおける社会科教育が発足した。成立した「社会科」とは,〈その内容が人間社会の組織と発達,並びに社会集団としての人間に直接関係する教科である〉とされた。そして,次のような目標を掲げた。〈社会科は,社会生活の本質および諸原則を理解させ,社会的諸集団の成員としての責任感を育成し,社会の福祉に率先して参加する知性と意志を発達させねばならない〉その後,アメリカでは,1922年に全国の社会科教師・社会科教育研究者によって,「全国社会科教育協議会 National Council for the Social Studies(略称NCSS)」が結成され,この協議会は以後今日まで,アメリカの社会科教育研究の中心団体となっている。アメリカの社会科教育は,そののち,「社会科」の領域を拡大し,学校教育の中心課程として位置づけられたバージニア=プランにみられる「社会科」,1960年以後さかんとなった「新社会科」,さらに1970年代に登場したContemporarY Social Science Curriculum, Silver Burdett CompanY(1972)や教育開発センターのMan:A Course of StudY(略称MACOS)などにみられる人間中心社会科ヘと変化していった。そのたびに,日本の社会科教育の動向に大きな影響を与えた。

【日本における社会科の成立】日本では,昭和初期に東京女子高等師範学校附属小学校で,鷺山さきらによる社会科教育実践が試みられたが,社会科教育が本格的に実施されるようになったのは,1947年以降のことである。

 これよりさき,第二次世界大戦の終結(1945年8月15日)によって,日本の教育行政は連合軍給司令部の占領政策の支配下に置かれ,同年の10月,総司令部は「日本教育制度ニ対スル管理政策」を出し,軍国主義・超国家主義を日本の教育界から追放することを指令した。ついで同年12月には,「修身,日本歴史及ビ地理停止ニ関スル件」を出して,戦時色の強かった「修身」「日本歴史」「地理」の授業を禁止した。このころ占領軍の指令とは別に,文部省内に“公民教育刷新委員会”が設けられ,新しい公民教育の研究がすすめられた。この委員会の答申にみられる「公民科」の構想は,アメリカの「社会科」にきわめて近似していると連合軍総司令部から示唆を受け,文部省はアメリカ教育使節団報告書の勧告をも考慮して,社会科新設に踏み切った。1947年3月,国会で「教育基本法」と「学校教育法」が成立し,新しい教育方針のもとに4月から新学制が発足した。ここに従来の教育課程が廃止され,新たに“社会科”が登場することになった。同年5月に学習指導要領「社会科編(1),小学校」が,また6月に学習指導要領「社会科編(2),中学校及び高等学校第1学年」が発表され,9月から全国の小・中学校で「社会科」の授業が開始された。新しい「社会科」は,児童・生徒の自主性・自発性を重んじ,地域を中心とした問題解決学習を行うことを基本としていた。小学校から中学校及び高等学校第1学年まで(第1学年から第10学年まで),総合課程としての「総合社会科」を学習することになっており,その締めくくりとして,高等学校第1学年で必修科目「一般社会」を共通に学習することとなった。また,高等学校第2,3学年(第11,12学年)で「東洋史」「西洋史」「人文地理」「時事問題」の4科目が選択科目として設けられたが,「日本史」は置かれなかった。1951年の改訂では,昭和22年度版の総合社会料が一段と整備された。それとともに,中学校の第2・3学年で「日本史」が学習できるようになり,また,高等学校では従前の「東洋史」と「西洋史」が統合されて新しく「世界史」が設けられ,さらに「日本史」が復活したことが注目される。すでに1950年ごろから問題となっていた「社会科」の基礎学力の低下への批判や,地理教育・歴史教育の充実強化の世論のなかで,1955年ごろから社会科も系統学習の方向に転換していった。アメリカの「新社会科」の影響などもあって,以後1977年ごろまで系統学習がその主流を占めた。この間,高等学校の「世界史」では“文化圏学習”と“主題学習”が登場し,まだ,高等学校の「日本史」でも“主題学習”が強調され,民俗的資料地域教材の活用が奨励された。1977年の小学校と中学校の学習指導要領の改訂,1978年の高等学校学習指導要領の改訂を契機に,日本の「社会科」は人間中心社会科へと変わっていった。現在,各学校で実施されている社会科教育は,1977年(小学校・中学校),1978年(高等学校)に公示された学習指導要領にもとづいている。

【社会科の教科課程】現行の日本の社会科教育は,学校教育法施行規則の定めにより,小・中学校および高等学校を通じて,次の〔表1〕の授業時数があてられている。「社会科」の目標は,たとえば小学校では,次のようになっている。〈社会生活についての基礎的理解を図り,我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て,民主的,平和的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う〉

 小・中学校および高等学校を通じて,〈民主的,平和的な国家・社会〉はすべて同じであるが,小・中学校では単に“形成者”と示されているのに対して,高等学校では“有為な形成者”と示されている。小学校ではとくに示されていないが,中学校と高等学校では“広い視野に立って”という一文が強調されている。また,小学校で“基礎的理解”“愛情”がうたわれているのに対し,中学校では,“理解を深め”“基礎的教養を培い”となり,高等学校では,“社会と人間についての理解と認識を深め”となっている。小学校・中学校・高等学校の目標の深さの違いを示して,小・中・高校の一貫性をはかろうとする意図が見受けられる。内容の上では,人間中心の視点からの内容編成,地球社会的視点からの課題内容(例,人口・環境・資源・エネルギー・平和)の提示・生活文化・太平洋地域の強調などが注目される。

【社会科教育の本質】社会科教育は,児童・生徒の自主的・自発的な学習活動を通して,彼ら自身の力で,社会事象に対する科学的認識力を形成していくとともに,それを通して公民的資質を自ら培っていくための教科教育である。

〔参考文献〕永井滋郎・平田嘉三・宮脇陽三編『社会科教育学』1979,ミネルヴァ書房

伊東亮三編『達成目標を明確にした社会科授業改造入門』1982,明治図書

森分孝治『現代社会科授業理論』1984,明治図書

片上宗二編『敗戦直後の公民教育構想』1984,教育史料出版会

日本社会科教育学会『社会科における公民的資質の形成』1984,東洋館出版社

平田嘉三監修・香川県中学校社会科研究会『人間の共感を軸とした社会科の構築』1984,明治図書

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