●シモン=ド=モンフォール
ヨーロッパ フランス共和国 AD1208 フランス王国
1208?〜65 フランス人でモンフォール出身。彼と同名の父は,13世紀初めフランス南方の異端宗派アルビ党を打ち破った勇将として有名である。母はレスター伯家の娘でフランスに嫁いだ。モンフォールは,1230年ごろイギリスヘ渡り,祖母との関係でヘンリー3世からレスター伯を授けられる。最初のうちは王と親しく,王の妹でペムブローク伯の息子の未亡人エマと結婚した。彼は大陸遠征で活躍するなど国王に忠勤を励んだが,1258年には貴族改革派の指導者となり,王に対し「オックスフォード条項」なる政治改革案を認めさせた。だが間もなく王はこの条項を無効としたため,武力闘争がおこり,モンフォールは1264年ルーイズの戦いで勝利,執政官となった。王軍の巻返しに対抗するため,彼は庶民の支持を得ようとして1265年の議会開催のとき,庶民の代表者をも加えた。モンフォールの史的業績はここにあるといわれる。その後,モンフォールは勢力を盛り返した王軍により殺害された。