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●下野 しもつけ

アジア 日本 AD 

 北関東に所在し,地域は現在の栃木県とほぼ同一であった。古代は東山道に属し,官道の近辺には数多くの古墳が残っている。とりわけ,那須国造碑は日本古代史の貴重な資料となっている。また,薬師寺は天武天皇の創建で,日本三戒壇の一つである。その規模は広大であったことが,最近の発掘でわかった。僧道鏡はここに流遷された。古代下野は蝦夷に対する最前線基地であったのである。『和名抄』によると,足利・梁田・安蘇・都賀・寒川・河内・芳賀・塩屋・那須の諸郡よりなっている。これら郡名は江戸時代まで用いられた。中世には那須・宇都宮・足利・小山などの諸豪族が覇を争った。そのなかで,足利氏は征夷大将軍となり,足利幕府を開いた。しかし,近世大名と成長したのは那須衆のうち,大関氏・大田原氏の極小大名のみであった。近世の下野は大名・旗本・寺社領などの複雑な入組状態となった。しかし,東照宮が日光に鎮座したことは,下野人に精神的・物質的に大きな影響を与えたのである。

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