●下中弥三郎 しもなかやさぶろう
アジア 日本 AD1878 明治時代
1878〜1961(明治11〜昭和36)出版社主・教育運動家・社会運動家。平凡社社主,日本教員組合啓明会の組織者。兵庫県の半漁半農の家に生まれる。家業立杭焼に従事,小学校代用教員をへて検定試験合格。1900年には県内の有数の国語教育指導者。1902年上京,児童新聞婦女新聞記者,中等教員試験合格,1914年(大正3)埼玉師範教諭就任,社会・教育運動への関心を強め,1918年啓明会組織化,のち「啓明」に「学習権の主張」そして「解放」に教師も労働者であると主張,1923年「万人労働の教育」出版とともに「万人労働の哲学」(1925)刊行し,実践活動に努力,1928年(昭和3)『世界美術全集』刊行を機に出版人となり,『大百科辞典』(1931)に取り組む。戦時化とともに軍人・国家主義者との関係を強め,大亜細亜協会・出版報国団・大政翼賛会とかかわり,戦後追放,解除後平凡社取締役社長に復帰,平和運動に従事。世界連邦アジア会議などをつとめ,怪物の誉れをうけている。その器量の大きさは注目すべき人である。