●下田 しもだ
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静岡県南東部,伊豆半島南端の観光・港湾都市。人口3万495人,戸数1万256(1984年9月)。下田の発展の契機は,江戸期に入り,縄地・土肥・湯ケ島・大仁などの周辺の金山が開発され,物資や労働力移出入の根拠地となったことである。また良好な風待港であったことや,1616年(元和2)に下田奉行・船改番所が設置されたことにより,江戸と大坂を結ぶ廻船の寄港地として繁栄した。1854年(安政1)日米和親条約が下田了仙寺で締結され,下田は日本で唯一の開港場となり,1856年(安政3)には最初のアメリカ領事館が玉泉寺に置かれた。しかし,1859年の安政の五カ国条約によって,下田は鎖港となった。明治期の下田は寄港地であるとともに,鰹漁を中心とした沿岸・沖合漁業の根拠地や東京への石材や新炭の搬出港として栄えた。その後,港湾機能の後退に伴い,漁業の根拠地であるとともに地方の商業中心としての性格を強めたが,1961年の伊豆急行の開通に伴い,観光地化が著しくすすんだ。