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●下総 しもうさ

アジア 日本 AD 

 現在の千葉県北部をさす旧国名。房総一円は古くは総(ふさ)の国と呼ばれていたが,646年(大化2)上下2国に分割された。国府および国分寺は現在の市川市国府台にあった。『和名抄』記載の田地は2,643町歩余。下総は利根川・荒川の下流域にあたり,大小の湖沼をもつ低湿地であったが,東山・東海道が開けるとともに開発が進み耕地も増加した。その生産力を背景に在地勢力が台頭し,935年(承平5)には猿島を拠点とした平将門の乱がおきている。その後千葉氏が勢力を拡大し,常胤のとき源頼朝の挙兵に功あって,以後下総一円を支配する。千葉氏が家康の関東入部とともに滅ぼされたのちは,佐倉藩11万石を除くと小藩・天領・旗本領の分立地帯となった。元禄期の耕地4万595町歩余。沿岸漁業のほか,銚子・野田の醤油,佐原の酒,流山の味醂は名高い。1873年(明治6)利根川以北が茨城県に移され,ほぼ現在の行政区域が確定した。