●市民法 しみんほう
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古代ローマにおいてローマ市民にのみ適用された法。十二表法を母胎とし古来の慣習法・民会の議決およびそれらの解釈からなり,農業社会を背景として成立した厳格な形式主義的性格をもっていた。しかし,ローマの対外的な拡張とともに異民族・外人との交流・商業取引が盛んとなり,市民法では問題に対処できなくなった。このためローマ市民とローマ市民以外のものとのあいだにも等しく適用される法が形成され,万民法と呼ばれた。212年カラカラ帝が勅令を発布し,ローマ帝国内のすべての自由人にローマ市民権を与えた結果,ローマ人と外人の区別がなくなり,市民法と万民法との区別も消滅した。