●市民社会 しみんしゃかい
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【ブルジョワの社会】市民社会という言葉には,ふたとおりの意味がある。その理由は,〈市民〉という概念じたいが,一方では貴族や農民と異なる特別の身分を意味していたと同時に,他方では,完全な政治的権利をそなえた国民,つまり〈公民〉を意味するためである。前者の場合の市民は,フランス語のブルジョワに当たり,ヨーロッパでは中世の都市に住む商人や手工業者から発展してきた階級をさす。彼らは,絶対主義時代の身分制社会(アンシャン=レジーム)では,経済的にどれほど豊かであっても,政治権力からは排除されていた点で,農民とともに,隷属的な平民(第3身分)であった。フランス革命を典型とする〈市民革命〉には,農民たちも参加したが,革命をつうじて政権をにぎったのはブルジョワとしての市民であった。市民革命によって旧来の身分制が廃止されたのちは,社会の諸階層を呼ぶのに〈階級〉という言葉が一般に使われるようになるが,その場合,ブルジョワは〈有産階級〉という意味あいをもち,かれら有産階級が支配しているような社会を〈市民社会〉と呼ぶわけである。18世紀の後半,イギリスから始まった産業革命の結果,機械制の工場による大規模な資本主義的生産が発展すると,有産階級であるブルジョワは資本家として無産の労働者(プロレタリア)と階級的に対抗するようになる。この資本主義社会としての市民社会をさらに変革して,労働者が政権を獲得するのが,社会主義革命である。
【公民の社会】〈市民権〉などという場の,国政への参加権をもつ〈市民〉は,ブルジョワ以外の諸階層をも含む完全な意味での国民,つまり〈公民〉のことである。この意味での市民社会は,〈自由主義社会〉とほぼ同じものをさし,〈アンシャン=レジーム〉の身分制や特権が廃止され,人格の〈自由〉と法律のもとにおける〈平等〉とが実現されている近代社会のことである。
〈公民社会〉としての市民社会の概念は,古代ギリシア・ローマの都市国家(ポリス・キウィタス)と,意味のうえで深いつながりをもっている。都市国家は奴隷制に立脚しており,また女性には参政権がなかったが,ギリシアの哲学者アリストテレスが定義しているとおり,ポリスと呼ばれた都市国家の本質は,〈自由な市民の共同体〉であることに存したのである。自由人として完全な〈市民権〉をそなえた人々の共同体がポリスであるかぎり,そこには近代人が考えるような〈国家〉と〈社会〉の区別はなく,市民社会そのものが国家にほかならなかったわけである。しかし,近代的な〈公民社会〉の概念が古代ギリシア・ローマのポリス・キウィタスと意味的なつながりをもっていることは,〈市民的〉を意味するcivilという言葉がローマの都市国家〈キウィタス〉に由来していることからも明らかである。ちなみに〈政治的〉を意味するpoliticalはギリシア語の〈ポリス〉から来ている。ホッブズやロックのような,17・8世紀の思想家たちが,〈公民社会〉としての市民社会を呼ぶのに〈civil societY〉と〈political societY〉との両方を使ったのはそのためであった。彼らにとっては,自然状態における人間たちが,生命や財産の安全をまもるため,〈社会契約〉をつうじてつくりあげる,主権をそなえた市民社会が国家にほかならないのである。国によって早い遅いのちがいはあるが,〈公民社会〉の意味での市民社会の形成は,事実上すでに絶対主義の時代から始まっていた。それは,重商主義政策のもとで市場経済が発展し,ブルジョワ階層の実力が増大するいっぽう,絶対君主の統治体制そのものが,国家主権に対する国民諸階層の関係を,できるかぎり一律なものにしてゆく傾向をもっていたからである。その意味では,〈市民革命〉は絶対主義的な行政が行った仕事を完成したともいえよう。
〔参考文献〕成瀬治『近代市民社会の成立』1984,東京大学出版会