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●持明院統 じみょういんとう

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 鎌倉から南北朝時代において,皇位および所領の継承をめぐって二分した皇統の一つである。もう一つの皇統に,大覚寺統があるが,両統の名称は,御宇多(在位1274〜87)・伏見天皇(在位1287〜98)の譲位後の居所に由来し,もとはといえば,後嵯峨天皇の遺勅によって大覚寺院が皇位を継ぐことになっていたが,鎌倉幕府の執権,北条時宗がこれに干渉して持明院統を立てた。持明院統は,伏見天皇のあとの後深草天皇が京都・持明院を御所としたことからその名称がある。この両統は,皇位の継承を激しく争ったが、その原因は院政の問題と皇室領相続の問題にある。このため,鎌倉幕府は1317年(文保元)に,両統迭立の原則を示し,双方の了解を得た。しかし,建武の新政府の崩壊のなかで,足利尊氏は対立する後醍醐天皇に対し,持明院統の天皇を擁立し,征夷大将軍の地位についたが,ひいては南北朝内乱をひきおこした。なお,両統は後小松天皇のとき合体した。