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●島原の乱 しまぱらのらん

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 17世紀前期に島原・天草地域で発生したキリシタン農民の領主に対する大一揆が幕藩連合軍の鎮圧により大乱となったもので,正確には天草島原の乱(島原天草の乱)である。島原はキリシタン大名有馬氏に代わった松倉氏によって,同じく天草はキリシタン大名小西氏に代わって寺沢氏によってキリシタン迫害と重税による収奪がひどい苛政であった。さらに飢饉の状態がつづくなかで,1637年(寛永14)10月に大一揆が発生した。島原の民衆は島原城を,天草の民衆は富岡城を攻撃したが失敗して原古城に3万人が籠城した。しかし,翌年2月28日松平伊豆守信綱を上使とする幕府諸藩連合12万の大軍によって攻落されてしまう。一揆側の文書に〈天地同根万物一体一切衆生不撰貴賤〉とあるのはこの乱の性格を知る貴重な精神(思想)的遺産である。この乱は単なるキリシタン一揆や百姓一揆ではなく,領主権力を否定するキリシタン=コミューンをめざす世直し的大農民一揆であった。

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