●島津斉彬 しまづなりあきら
アジア 日本 AD1809 江戸時代
1809〜58(文化6〜安政5)29代薩摩藩主。父は28代斉興,曽祖父重豪の薫陶を受け,洋学に深い関心をもち,当時一流の学者に翻訳・講説をさせ,また徳川斉昭・老中阿部正弘・松平慶永・松平宗城ら諸侯と親交を結び,その国際的見識を高く買われた。ペリー来航以後の難局打開には,内においては公武合体の強力体制の確立,外に対しては武備開国すべきだと唱えた。富国強兵策として洋式紡織・洋式造船,反射爐・鏡開会・熔鉱爐の建設,銃砲・火薬・硝子製造など,万般にわたる総称集成館洋式工業を興した。ところが1858年(安政5)4月,井伊直弼が大老となり,幼年の徳川慶福を将軍継嗣とし,日米修好通商条約の無勅許調印を強行し,これに反対する諸侯や朝臣の弾圧を始めた。このため,孝明天皇の密旨を奉じて,率兵上京しようとして,兵の調練中,7月16日に急死した。在位わずかに7年半だったが,彼の抱いた尊王の大志は薩摩藩勤王運動の原点となった。
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