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●島田三郎 しまださぶろう

アジア 日本 AD1852 江戸時代

 1852〜1923(嘉永5〜大正12)明治・大正期のジャーナリスト・政治家。号は沼南。江戸の旗本鈴木智英の3男として生まれ,のち横浜の豪商島田豊寛の養子となる。昌平黌・沼津兵学校・大学南校などで学ぶ。1874年(明治6)「横浜毎日新聞」に入社,翌年編集長となる。のち官界に転じ,元老院大書記生,文部大書記官となる。しかし1881年(明治14)の政変で下野,翌年立憲改進党の結成に参画する。養父豊寛のあとをうけ,神奈川県会議員となる。1890年(明治23)「毎日新聞」社長に就任。1890年(明治23)第1回総選挙以来,神奈川1区から連続14回当選,第7〜11議会で衆議院副議長,第36〜38議会では同議長を歴任。樺山資紀海相失言事件・大選挙干渉弾劾・シーメンス事件暴露などで活躍。廃娼連動・足尾鉱毒事件の支援にも活躍。

〔参考文献〕『島田三郎全集』全5巻,1913〜14,島田三郎全集刊行会

高橋昌郎『島田三郎』1954,キリスト教史学会