●島津貴久 しまづたかひさ
アジア 日本 AD1514 室町時代
1514年〜71年(永正11〜元亀2)伊作島津家忠良の子,1526年(大永6)勝久の養子となり,翌年16代守護となる。彼の襲封に反対する薩州家実久の大乱を実父忠良とともに1539年(天文8)鎮定,三州内諸名族臣節を誓うにいたる。1548年(天文17)隅州清水の本田董親の乱を平げ,翌年加治木の肝付兼演を服し,1549年12月伊集院より鹿児島内城に移居。1554年(天文23)3月祁答院・入来院・蒲生氏らが連合して叛き,菱刈氏・北原氏も連合,1557年(弘治3)4月漸く蒲生氏降る。1569年(永禄12)8月菱刈・菱刈の連合軍を破り蒲生氏滅亡。1570年(元亀1)正月祁答院良重渋谷一族を会して降る。貴久はうまく守護大名より戦国大名への脱皮をとげ,島津氏中興の祖と仰がれた。彼の代に1543年(天文12)ポルトガル船により鉄砲が伝来し,1549年(天文18)フランシスコ=ザビエルが来て9カ月滞在,貴久は貿易を望んで彼を優遇し,琉球王尚元とも音信を通じた。
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