●治部省 じぶしょう
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大宝・養老令制における八省の一つ。『和名抄』による訓は「乎佐牟留都加佐(おさむるつかさ)」。五位以上の官人の継嗣や婚姻をはじめとして,祥瑞・喪葬・外交などをつかさどった。『日本書紀』朱鳥元年9日条などにみえる理官は,本省の前身官司といわれる。職員としては,四等官のほかに,氏姓に関する訴訟を取り扱う大解部4人,少解部6人が置かれているのが特長。彼らは氏姓をめぐる争訟を裁判し,氏族の系譜の調査にあたった。解部なる官職は刑部省にも置かれていたが,刑部省解部のほうは判事のもとで訴訟の事実審理を行う官であった。なお,被管官司には,雅楽寮・玄蕃寮・諸陵司・喪儀司の2寮2司がある。雅楽寮は宮廷音楽を担当し歌舞の教習を行い,玄蕃寮は仏寺や僧民を統制し外国使人の接待にあたった。また,諸陵司は陵墓および陵戸・守戸を管理し,喪儀司は喪葬のことをつかさどった。諸陵司は729年(天平1)8月に寮に昇格し,喪儀司は808年(大同3)正月に兵部省被管の鼓吹司に併合されている。