●渋沢栄一 しぶさわえいいち
アジア 日本 AD1840 江戸時代
1840〜1931 (天保11〜昭和6)日本近代産業の組織者。豪農渋沢市郎右衛門の3男(上の男子は早世)として武蔵国血洗島(現,埼玉県深谷市)に生まれる。父の藍(あい)玉製造・仲介を手伝うかたわら,従兄の尾高惇忠(あつただ)から四書五経を学び,『論語』を一生の理論として身に付ける。尊王攘夷論に共鳴,1863年,横浜の外人居住区焼き打ちを企てたが,同志の勧告で中止,京都に逃れ,翌年,一橋慶喜の用人の紹介で,幕臣となり,1867年,徳川昭武の随員としてフランスに行き,このときの知識が帰国後,新政府に登用される契機となり,大蔵省租税正。財政緊縮の主張がいれられず,1873年,井上馨とともに辞職した。以後,第一国立銀行頭取,抄紙会社(王子製紙)・大阪紡績・東京瓦斯(ガス)のほか,東京商法会議所など会社・団体500以上に関係した。70歳で第一銀行などを除いて隠退,77歳以降は余生を教育・社会・国際事業に捧げ,男爵(1900),のち子爵(1920)。
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