●柴田是真 しばたぜしん
アジア 日本 AD1807 江戸時代
1807〜91(文化4〜明治24)幕末・明治の日本画家・陶芸家。幼名を亀太郎,のち順蔵と称す。令哉(れいさい)・枕流亭・対柳居と号した。越後出身の宮彫師柴田市五郎の子として江戸両国に生まれる。11歳のときより古満寛哉に蒔絵を学び,ついで鈴木南嶺に四条派の絵を学んだ。1830年(天保1)京都に出て岡本豊彦にも絵を学んだ。京都にいた2年間には,頼山陽に経史を,香川景樹に国学・和歌を学んでもいる。江戸に帰ったのち1841年東北各地を巡った。1844〜47(弘化年間)より名が知られるようになった。明治以後は,独特の蒔絵や漆絵で有名となり,内国勧業博覧会などに出品したり,博覧会の審査員をつとめたりした。1886年(明治19)皇居の杉戸絵を描いた。1890年帝室技芸員となる。代表作には『茨木童子図額』(弘化年間に王子稲荷に奉納したもの)『瀑布図屏風』『烏鷺蒔絵菓子器』などがある。門人としては,池田泰真・幸阿弥伊勢・栗本信濃らが著名である。