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●司馬光 しばこう

アジア 中華人民共和国 AD1019 北宋

 1019〜86(天禧3〜元祐1)中国,北宋朝の大学者・政治家。陝西の夏県ソクスイ※注1※(山西省)の人。字は君実,号は迂夫・ソクスイ※注1※先生・温公などと呼ばれる。古くからの大地主の出身で,三司使の地位にまで昇った司馬池の子である。7歳から春秋学を聴講したといわれるほどの優れた春秋学者。反対に周礼・孟子・老荘・仏教を退けた。20歳で進士に登第,武成郡判官事・集賢校理・知制誥・翰林学士などをへたが,王安石が新法を創ると約10年間官界を引退していた。王安石の死後宰相となる。農民が貧乏しているのは天性の知能が低いためだという農民観の所有者で,対照的に大資家階級から絶大の信頼を得た。政治理念は縦の秩序を重んじる封建体制維持主義者で,旧法党の領首であった。

 春秋学の精神に忠実な『資治通鑑』をはじめ,『伝家集』『ソクスイ※注1※記聞』などがある。

〔参考文献〕東一夫『王安石新法の研究』1970,風間書房

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