●司馬江漢 しばこうかん
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1747〜1818年(延享4〜文政1)江戸時代の画家・蘭学者。字は君嶽,名は峻。江漢はその号,別号に無言道人・春波楼。江戸芝新銭座(しんせんざ,現在の東新橋あたり)に住す。その素生は不詳。幼にして画を学び,明和末〜安永のころ鈴木春重の名で美人画を描き,鈴木春信の浮世絵の贋作も行った。平賀源内・小田野直武と交わって洋風画に傾斜し,大槻玄内の協力で西洋腐蝕銅版画の技法を知り,1783年(天明3),日本で初めて実作に成功した。第1作が「三囲景(みめぐりのけい)」である。また洋風画の実作も行った。1788〜89に長崎に旅行し,見聞をひろげた。寛政期には洋風画を盛んに描く一方,世界地理・天文学に関心をもち,『地球会図略説』『和蘭天説』などを刊行した。しかし蘭学専門家連からは遠ざけられ,晩年は孤独で,さかんに行った現実批判も影を潜め,厭世的になっていった。『春波楼筆記』は,彼の人間観・社会観をうかがいうる随筆である。