●司馬懿 しばい
アジア 中華人民共和国 AD179 後漢
179〜251(光和2〜嘉平3)中国,三国魏の権臣。晋朝創立の基礎を築く。河内温(河南省温県)の名族の出身。字は仲達。幼時より聡明で儒学に通じ,201年(建安6)に郡の上計掾に挙げられた。曹操の執拗な召請をうけてその幕下に入り,大謀にあずかるとともに曹丕(文帝)と親密になった。曹丕の即位後,要職を歴任し,丕の死にさいして曹真・陳群と共に明帝の補佐を託された。明帝即位後,蜀の知将諸葛孔明の攻撃が頻繁になると,230年(太和4)曹真と共に蜀を攻め,翌年,真の死後,長安に屯して全軍を指揮し,祁山(きざん)で亮と交戦してこれを防ぎ,ジョウケイ※注1※に屯田を開いて備えた。234年(青龍2)には五丈原で亮と対峙し,亮の病死によって魏の優勢を決定づけ,238年(景初2)遼東の公孫淵を討って遼東・楽浪などの4郡を魏の領土とした。明帝死後,曹爽と共に斉王芳を補佐し,対呉戦線で大規模な軍屯田を経営して国境防備を強化した。曹爽一派の司馬氏排斥の動きがあったが,249年クーデタを断行して爽らを殺し,魏の実権を完全に握った。彼の死後,二子司馬師・司馬昭をへて,孫の司馬炎が晋朝をおこすと,宣帝と諡(おくりな)された。
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