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●シトー会 シトーかい

ヨーロッパ フランス共和国 AD 

 1098年モレームの修道院長ロベールが,フランスのシトーに設立した修道院に始まる。クリュニー修道会の規律弛緩に反対し,『聖ベネディクト会則』ヘの復帰をめざした。1112年クレルボー聖ベルナールが加わるに及んで急速に発展した。彼の死まで約350,12世紀末には約530のシトー派修道院がヨーロッパ各地にできる。第3代院長スティーヴン=ハーディング(1109〜1133)のとき起草された会則『カルタ=カリターティス(愛の憲章)』は,会の民主的組織・運営を規定している。修道院の個別化とクリュニーの中央集権体制に代わる新しい修道会の出現を意味する。助修士の採用・修道士の労働重視による,荒蕪地の開墾事業・牧畜活動・新しい農業技術の開発は,社会に多大な貢献をする。13世紀後半に入ると時代のもたらす新しい宗教的パトスに応えることができず,その指導的地位は教皇直属のドミニコ会とフランチェスコ会に取って代わられた。