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●幣原喜重郎 しではらきじゅうろう

アジア 日本 AD1872 明治時代

 1872〜1951(明治5〜昭和26) 外交官・政治家・男爵。新治郎の二男として大阪に生まれ,東京帝国大学卒業後1896年(明治29)外交官生活に入り1904〜1911年外務書記官として本省勤務。1914年(大正3)オランダ駐在特命全権公使。そののち,大隈重信寺内正毅原敬内閣の外務次官,1919年アメリカ駐在特命全権大使となった。1924年加藤高明内閣の外相を経て以来,第一次若槻・浜口・第二次若槻内閣の外相を歴任した。その外交方針は自由主義と民主的精神を出発点とし,対英米協調の合理主義的外交であり,中国革命にさいして対華不干渉を唱え,「対華21カ条要求」以来中国における反日感情をやわらげ,日本を国際的孤立状態から脱却させる役割を果たした。しかし,彼の外交方針は軍部・政友会・枢密院・右翼の反感を買い〈軟弱外交〉と非難された。1945年(昭和20)10月首相となり,日本の戦後処理と新日本建設に貢献した。1946年5月,首相の座を自由党総裁吉田茂にゆずり,同年進歩党総裁となり,1949年衆議院議長に就任。1951年3月10日,心筋梗塞症のため急逝。