●十返舎一九 じっぺんしゃいっく
アジア 日本 AD1765 江戸時代
1765〜1831(明和2〜天保2) 黄表紙・合巻・滑稽本の作者。本名,重田貞一。『道中膝栗毛』(『東海道中膝栗毛』)の作者。出生には不明な点が多いが,生地が駿河府中であり,駿河町奉行組同心であった重田氏に養われたことは明らかである。若いときに一度江戸へ出て小田切土佐守に仕え,土佐守が大坂町奉行に転じたのに従って大阪に赴いたといわれる。在坂中,近松余七と称して浄瑠璃などを作っていたが,1794年(寛政6)に江戸で地本問屋蔦屋重三郎の食客となり,黄表紙『心学時計草』を翌年に刊行した。挿絵・版下も自身で描き,このころから十返舎一九の筆名を用い,戯作者として認められた。家庭的には初婚に失敗,再婚した女性との間に一男一女を設けたが男子は早逝し女子が後を継いだ。晩年は創作力も衰え,長年の飲酒のために身体も不自由だったといわれる。代表作は,いわゆる『東海道中膝栗毛』である。1802年(享和2)に『道中膝栗毛』初編が出版されると好評を博し,翌年に後編,さらに翌々年に『東海道中膝栗毛』と題して第三編を出し,1809年(文化6)に第八編を出して完結した。『教訓角力取草』・『十返舎戯作種本』など多数の作がある。町人の生活や常識に密着して作品世界を構築したものが多い。〔参考文献〕中村幸彦『近世作家研究』1961,三一書房
小池正胤「十返舎一九の黄表紙」言語と文芸34,1964,9
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