●志筑忠雄 しづきただお
アジア 日本 AD1760 江戸時代
1760〜1806(宝暦10〜文化3) 別名中野柳圃。本姓中野,名盈長のち忠雄。代々長崎のオランダ通詞の家柄の志筑家を継ぎ,その八世となる。1776年(安永5)稽古通詞となるが,翌1777年(安永6)病のため辞職。『蘭学事始』によると本木良永の門人であった。1803年(享和3)旧姓に復した。ときに43歳。西洋天文学学書の蘭訳をはじめ蘭語の文法を組織的に研究した第一人者であった。門人には大槻玄幹をはじめ吉雄権之助・馬場佐十郎などがあった。蘭語の文法体系を組織的に著した『和蘭詞品考』が出てから蘭語の研究は一変し,江戸時代における蘭学発達に大きく貢献した。馬場佐十郎が本書を校訂,『訂正蘭九品集』として出版した。一方ジョン=ケール(1671〜1721)の天文物理書“InleidinGe tot de waa re Natuuren Sterre Kunde”(1741)の翻訳に力をつくし16年間の努力の末,『暦象新書』を著した(1798〜1802,寛政10〜享和2)。これはニュートン力学の体系を紹介したものである。47歳で没す。〔参考文献〕杉田玄白原著,緒方富雄訳『現代文蘭学事始』1984,岩波書店