●七島正月 しちとうしょうがつ
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七島とは鹿児島県のトカラ列島の別名である。現在は鹿児島郡十島村を形成しているトカラ列島は,七つの主要な島々から成り立っており,近世・近代を通じて七島という名で親しまれてきた。この七島で行われている正月を,とくに七島正月と呼ぶ。この七島正月は本土一般と異なって,ふつうより1カ月早く行われる。つまり正月は旧歴の12月1日に行われていたのである。そこに七島正月の特色がある。七島正月が注目された理由は民俗学者柳田国男が次のような仮説を出したからである。すなわち,わが国に文字で書かれた暦が入ってくる以前に自然暦があったとする。そうすると,文字の暦が入ってきた時点で,行事を行う月日が整理されるが,先行形態(自然暦)にひきずられた残存形態の地方もあったはずである。1月ではなく,12月に正月を行う七島正月はその残存形態の一例ではないか,という仮説である。一方,地元では次のような説明が伝承として残っている。1609年(慶長14)の島津氏の琉球征伐のときに水先案内を請われた。そこで1カ月早く正月を行い,島津の軍勢に馳せ参じた。それ以来この慣行を持続しているのだという。柳田の仮説と地元の伝承のいずれが正しいのか,現在のところ判断できない。