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●氏族制度 しぞくせいど

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 氏族を重要な構成単位とする社会制度ないし政治的・経済的制度をいう。L.H.モーガンは,北アメリカ東部のイロコワ族の社会で基礎的な単位集団となっていた氏族は,兄弟関係にある数個が集まって胞族をつくり,胞族はさらにいくつか集まって部族を形成していたこと,17世紀にはこれらイロコワ方言を話す五部族が連合して一大政治勢力となったことを明らかにして,イロコワ族が氏族−胞族−部族−部族連合の組織をもっていたことを明らかにした。そしてこのような氏族を基礎的な単位とした社会は,歴史上国家形成よりはるか以前の原始社会であったと考えた。なおこのような氏族制度は,彼がプナルア家族と呼んだ群婚形態から生じ,その形成時期は野蛮の末期ないし未開の初めと想定した。また氏族制度の変質と崩壊に関して,採集経済から生産経済への歴史的進展を基底において,母系制から父系制への変化や民主的氏族共同体から貴族階級支配への移行を論じた(『古代社会』1877)。

【ギリシア・ローマの氏族制】アリストテレスによればアッティカのアテネ人は本来4個のフユレからなり,各フユレは3個のフラトリア,各フラトリアは30のゲノスから成っていたという。古代ローマも3個のトリプスから成り,各トリプスは10のクリア,各クリアは10のゲンスから成っていた。モーガンはここにイロコワ族と同じ氏族−胞族−部族という氏族制を見出したのである。当時のギリシア・ローマには氏族のほかに血縁集団として家族および大家族があり,氏族に隷属する多数の奴婢や被征服民がおり,モーガンの描いた原始平等の氏族制社会とは異なる。モーガンはギリシアやローマの氏族制を原始社会の遺制と考え,エドゥアルト=マイヤー(『古代史』)らは都市国家時代の新制と考えて見解が対立している。

【日本の氏族制】政治制度としての氏族制は大化改新を境に大きく変化した。社会制度としての氏族制は両時代を通じてさほどの変化はなく[1]同一の氏の名を称し,[2]同祖の観念に結ばれた血縁集団であった。ただ社会生活・経済生活の基礎的最小単位に家族があり,また古く3世紀の『魏志倭人伝』に〈門戸および宗族〉とあるように,氏族と家族のあいだに宗族の成立をみていた。日本古代の社会的・経済的生活は家族(家)を基礎的単位として営まれ,この家族には8世紀の戸籍や計帳等に明らかなように,しばしば非血縁の奴婢および寄口を従属せしめていた。宗は一種の祭祀集団で,祭祀権は本宗家の家長がもち宗族内の共同祭祀が行われた。宗より広範囲の氏族の場合,氏人らはしばしば居地を異にした。遠地に離れ世代を経過すれば,政治的・経済的な結合関係は希簿となり同族観にもとづく精神的紐帯をもつにとどまり,居地の名などを称して別氏を分立した。政治制度としての大化前代の氏族制は,国造制・県主制ことには部・伴造制に象徴される。5世紀後半以降,大和朝廷は多数の部を設置し,部の管掌者として中央・地方に伴造を置き,それぞれの負担ないし職掌・身分を示す政治的氏の名とカバネを与え,たとえば佐伯部−佐伯直−佐伯連−天皇という支配機構をつくりあげた。一般の氏族制度と区別してとくに氏姓制度と呼ぶ。大化改新によって部・伴造制などは廃止され,664年(天智3)氏上および大氏・小氏など氏族の格差を定め,684年(天武13)八色の姓を定めて,血縁集団としての氏族を基礎に氏上が氏人を率いて朝廷に仕える新しい政治制度としての氏族制度が成立した。

【諸外国の氏族制】氏族(クラン)の語源は古アイルランド語のクラン(子供たち)といわれ,大家族的ないし小氏族的な血縁集団で,その遺制は18世紀ごろのスコットランドにも見られたという。古代ゲルマン社会でも氏族集団を基礎に部族が構成され,のち国王を意味するドイツ語のケーニヒも本来氏族長または部族長を意味した語といわれる。16世紀の初めスペインの侵略を受けたメキシコのアズテク族もモーガンによれば氏族−胞族−部族というイロコワ族に似た組織をもっていたという。中国でも,卜辞などの金石文や周代の記録などのなかに母系氏族の存在を証するものがあるといわれるが,明らかでない。朝鮮半島も同様であるが,中国・朝鮮半島を通じてみられる同姓不婚の慣行は古代氏族の族外婚の原則と一致し,その遺制である可能性も少なくない。氏族や氏族制の世界各国における様相は実に多様で複雑である。また氏族や氏族制の歴史的性格についても,ソヴィエトや日本のマルクス系歴史学者らはマルクス・モーガン・エンゲルスらを信奉して,古代社会以降現代に存する氏族制は原始社会における氏族制の遺制と考え,西欧諸国の多くの学者,ことに民俗学・社会学民族学者らはそれぞれの国情や社会的・経済的・文代的諸状況に応じて随次発生・消滅するものと考えており,見解が対立している。

〔参考文献〕フリードリヒ・エンゲルス,村井康男・村田陽一訳『家族私有財産および国家の起源』1954,大月書店

洞富雄『日本母権制社会の成立』1957,淡路書房