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●自然法 しぜんほう

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 法思想のなかで,経験をよりどころとして,社会への妥当性や効果を考え,人為的につくられた実定法と対立するもので,人間や社会の本性に基礎をおき,時や場所,さらには発令者をも超越し,人間のみならず,時には人間をも自然のなかに包含させて,普遍的に通用する絶対的な法をいう。

【古代】ギリシアの法はポリスの実態に則して,実定法として表れた。それは為政者の意思の反映である。ソフィストたちが真実とは相対的なものにすぎぬ,としたのと同一の基盤から生まれたものがギリシアの法であった。ソフィストによって,死に追い込まれたソクラテスがイデーという絶対真理を考えたように,プラトンやアリストテレスは,最も本質的な法を考え,それを正義としている。自然法思想の萌芽はすでにここに見られる。しかし彼らは,ポリスをもって唯一の人間存在の場としているので,その思想には限界があった。これに対して,ポリスの崩壊期であるヘレニズム時代に,ゼノンによって開かれたストア学派にあっては,理性が宇宙全体の本質であり,人間の理性は神の分身で,普遍的な理性を行動の原理することが,自然の法則である自然法に従うことになるとした。

 前1世紀ごろから,世界帝国になってきたローマでは,ストア学派の影響が強く,キケロ・ガイウス・ウルピアヌスらが理性の普遍性を説いた。彼らによれば,人間も宇宙の一部であり,自然のもつ理性をもち,自然の普遍法に従わねばならず,正義(法)は人間の意思によるべきではなく,自然によってつくられねばならないとした。この思想によって,あらゆる人民に適用される万民法を形成した。

【中世】中世になって,キリスト教の普遍主義が加わってきた。アウグスティヌスは,自然法をもって,地上の国と神の国を覆う一貫した原理としたが,神の国に優位性が与えられている以上,地上の国に存在する実定法へ働きかける自然法の意義は薄らいだ。トマス=アクィナスはこの点を反省し,神の創造した世界は,神の目的である宇宙全体の秩序に参加するが,基本原則は自然法であるとした。彼によれば,人間の法のよるべきところは自然法であり,自然法によってこそ永久法が生まれるとした。

【近代】ルネサンスは人間性を自覚させ,宗教改革から派生した宗教戦争は,封建制や恣意的な君主権に対する反抗権の思想を生みだした。それは,実定法的秩序を超えた自然法的解釈を要求した。この時に,法とは元来,人民の法であり,支配者は法の根拠となる人民の使用人であるとした,ゲルマン的法概念が用いられた。そして,やがて中世の自然法思想がもっていたキリスト教的な神学的超越性を脱していき,近代的契約理論が成立してくる。

 ホッブスは,すべて人間が生命保存に走れば,本能的な人間集団は万人の万人に対する闘争に陥る。それゆえ,人間は自然法(理性)の教えるところに従って,相互の契約によって社会生活を行うことになるが,この際に社会規範が結ばれる。しかし,理性的行動のとれぬ社会は,主権者の意思をもって社会規範とし,万人の闘争を停止すると説いた。この思想は,自然法をもって,絶対的なものとし,既存の社会や法秩序を支え,変革を否定し,君主権の絶対性を補強する働きをした。これに対してロックは,同じく契約説に立ちながら,人間生活は最初から自然法に基づいていたが,人間の利己心がその十分な作用を阻害したので社会契約がなされた。社会契約は人民の基本権利を擁護するためのものであるから,それに反する場合には革命権があるとした。この場合には抵抗権を肯定し,革命を導く理論となった。中世の教会的自然法が封建社会の秩序を,神の意志をもちだすことによって支えたのに対し,近代的自然法は,封建秩序を破るブルジョワジーの思想になっていき,民主主義思想の基礎になった。アメリカの独立宣言やフランスの人権宣言に,この思想が用いられたのも理由がある。

 ホッブスやロックのほか,国際法の父とされるグロティウス,啓蒙思想家のルソーらも自然法の発展に大きな力を与えた。しかし,19世紀になって,歴史法学派や実証主義が台頭してくると,自然法的思考は後退していったが,第一次世界大戦や第二次世界大戦の後のような,世界危機を迎えた際には,例えば「世界人権宣言」のなかにその思想が復活されているように,実定法のもつ欠点を補う目的から,自然法思想の見直しが行われるのである。

〔参考文献〕田中耕太郎『世界法の理論第2巻』