●自然権 しぜんけん
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人間の本性にもとづいて諸個人に生まれながらにして与えられているとされる権利。あらかじめ定められている法的手続に則り人為的に制定された実定法に根拠をおく諸権利に優位するものと考えられた。つまり,実定法が定める権利のように,立法者によって与えられたり奪われたり,制限されることがないものとされる。この思想はギリシア時代のソピステスやソクラテス・プラトンなどに萌芽的に見られ,中世においてはスコラ哲学により,神の手で人間の本性のうちに植えつけられた権利と見なされた。近代に入ると,封建的身分秩序に対抗するブルジョワジーの思想的武器となり,また啓蒙思想を通過することで,革命や独立の理論の背景となった。【哲学】カントは,自然的・感性的衝動の強制から独立することを自由と規定しつつ,なおそうした能力が人間の理性に本来備わっているとして,その理性の命ずる道徳律の自発的遂行を説いた。フィヒテにおいても,窮極の根拠を自我に求める自我哲学に到達した。このように自由な意志を与えられ,それを行為に現しうるものとして人間の本質を考えれば,人間には自然権が与えられているのは当然ということにされ,実定法の立法者に対するその権利の承認の要求も必然ということになる。自然権はそうした要求の定式化であるとされたのである。
【ルソー】一般的にいって啓蒙思想家も人間存在を平等と考えたから,立法者が特定の利害の上に立って制定する実定法に優越する自然法という考え方を尊重した。啓蒙思想家や空想的社会主義者は,しばしば原始社会を自然権の時代と設定する傾向があった。ルソー「自然に帰れ」はその典型例である。それは主知主義に対する批判から自然主義を主張したものであると同時に,自然権の尊重を強く訴える思想の集大成的な意味をもち,大きな影響を与えた。
【ホッブスとロック】ホッブスのは,人間は生命の維持を本能的にはかるという人間観をもとに「自己保存の権利」を唱え,相互の契約による社会秩序の確立がその実現のために必要であるとした。ロックは,ホッブスが社会の支配者に都合のいい論理になっていたのに対し,同じく自然権を守るために社会契約がなされたとしながらも,為政者は人民の生命や財産を保護するために権力を信託されたのであるから,彼らがその契約に違反した場合には,反抗し革命をおこす権利が人民にあると主張した。彼はとくに「財産の権利」を重視した。
【国民の権利】アメリカの「独立宣言」はジェファーソンの執筆になるものであるが,ロックの自然権思想を借りている。〈為政者が人民に対して暴政を加えたときには,あらゆる国民に独立する天賦の権利がある〉とする独立宣言は,個人としての人間を超えた人民・国民といった集団の反抗権を,ロックの自然権の論理によって展開しているものといえる。また,フランス革命の初期に出された「人権宣言」(人と市民の権利の宣言)は,有産市民の立場においてではあるが,その第1条において〈人は生まれながらにして,自由かつ平等なる権利を有する〉と述べて,自然権を主張し,間接的ながら革命権をも示唆している。またそこでは,〈財産は神聖で不可侵のもの〉とされている。
【現代】19世紀には法実証主義者や歴史主義者の攻撃にあって,自然権思想はいったん影響力を失う。だが,19世紀末以来,労働権や生存権のように,何かの権利の防衛を唱えるそれまでの主張を超え,社会に対して特定の給付を要求することをも自然権とみなす考えも表れてきた。あるいは第二次世界大戦の教訓を通して自然権思想を再度評価する気運が高まった。1948年の世界人権宣言はその一例である。また1960年代以降は,人種や特定社会集団などに対する差別との闘争や婦人・「障害者」などの権利擁護などの問題に範囲をひろげ,自然権思想の意義をとらえ直そうとする動きも活発となっている。