●氏姓制度・国造制度 しせいせいど・くにのみやつこせいど
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大和朝廷が中央や地方の豪族を氏(うじ)にまとめて支配する制度を氏姓制度といい,大和朝廷が地方豪族を国造に任命して地方支配を行う制度を国造制度という。氏姓制度のもとでは,中央豪族は姓によってその地位を決められた。有力豪族は臣(おみ)や連(むらじ)の姓を与えられ,中小豪族は,造(みやつこ)や直(あたい)や首(おびと)の姓を与えられて伴造(とものみやつこ)になって,朝廷のさまざまな職務を分担した。地方豪族も,氏姓制度にもとづく姓によって編制された。有力な地方豪族は,臣や君(きみ)の姓をもらい,特に有力でない地方豪族は直の姓を授かって国造になった。国造制度は,大和朝廷が全国支配を完成した5〜6世紀につくられた。地方豪族はすべて同じ国造として同列におかれて朝廷に従い氏・姓はそのまま重んじられた。国造制度のもとでは,姓によって豪族の尊卑を表していた。