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●閑谷学校 しずたにがっこう

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 江戸時代に岡山藩が和気郡伊里村閑谷に開設した郷学。1668年(寛文8)藩主池田光政が領内123カ所に建てた手習所の一つがその始まりである。1670年には規模を広げ仮学校として,経営を津田永忠に命じた。1675年(延宝3)領内の手習所を廃止統合し,閑谷黌として改めて発足した。その規模と施設は藩校に劣るところがない。この学校は武士だけでなく,一般庶民の子供たちも受け入れて教育を行った。1870年(明治3)に岡山藩学校に合併され,1877年廃校となったが,後に旧制岡山県立閑谷中学校が誕生し,県立閑谷高校をへて,現在では県立青少年教育センターとなり,建築物は当時のままの姿を残している。国宝の閑谷黌講堂は1673年(延宝1)に峻工され,1701年(元禄14)に改築された近世学校施設として重要な建物。桁行7間,梁間6間の簡素だが堂々とした内容を誇っている。聖廟・藩祖廟・文庫など付属施設はいずれも重要文化財である。