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●市場経済 しじょうけいざい

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 人類の経済活動の原則に関して,その基本のところにおいて物財やサービスの売買とそれに伴う移動が,地域的,国民的,あるいは国際的な市場を通じて展開することをいう。言葉をかえていえば,非限定的で自由な競争による交易にもとづく経済活動の原理が成り立っていること,あるいはその段階をいう。したがって市場経済は,現象的には売り手と買い手の両端の立場のものが,自由競争原理の貫徹するなかで商品取引きするすべての現象を総称していう。この原理が社会の大要をほぼ完全に支配する歴史段階を近代資本主義社会という。現実には,金融市場とか証券市場とか信用貨幣経済の最も先端の資本市場を含め,前近代社会の主要財産である土地をはじめとして多種多様な諸商品の市場,あるいは近代資本主義経済体制下における労働力(賃労働)市場などを包括している。しかし一般に「市場経済」と呼ぶときは,個々の現実的な経済現象の実態分析のときに使用するというより,これらの経済諸動向のなかを貫徹する原理的な面を問題にするときに使用することが多い。つまり比較経済的に考察する場合に,市場経済段階と非市場経済段階を分けたり,あるいはアフリカ,東南・西南アジアの発展途上国の近代化や後進国農村問題を取り上げるときに「市場経済」論議が展開される。

【社会経済史的な背景】交易すべき物財は,人間の労働と生活に直接役立つもの(人間自身の再生産または労働能力の再生産に必要なもの)であるときに,一定の社会的生産力の発展の段階で,商品となって交易過程に入る。商品の成立していない未開段階や原始共同体の内部では物財の交換はあっても,商品交換はなく,むろん市場経済はない。一つの共同体と隣のほかの一つの共同体とのあいだで,両者の代表者や使い手がおたがいに時間をずらして一定の境界の場所に物財を置き去り,隠れて出会わず,会話もせずに,暗黙の了解のもとに,そそくさと行った人類最初の交易を一般に沈黙交易と呼ぶ。市場経済の萌芽はこの形態が偶発的かつ一時的に発生するところから形成された。しだいに慣行化するとともに略奪・戦争による暴力的な交易をも含みつつ拡大し,多くの共同体を市場経済に巻き込むようになる。この動きと関連しつつ生産力の発展が著しくなり,やがて貨幣が生まれ市場経済が本格化する。古代や中世の貢納的性格の交易や水陸運輸や寺社経済,あるいは古代貴族・封建領主らをめぐる貨幣経済と市場経済の拡大深化が長期間にわたり進展する。鎖国と領国分権と地域内および村落共同体内の自給自足を建て前とする近世封建領主の地域民衆支配のもとで,中世以来の貨幣経済の新しい飛躍が準備される。全国的経済都市である三都(京都・大坂・江戸)を三極にして地方城下町・湊町・寺社門前町・主要宿駅を結びつける在方(ざいかた)商品経済が17世紀末までに成立し拡大して,貨幣金融の市場経済が全国をとらえていく。宿駅では市神のもと大斎市(月6回)が開設され,地場(じば)産業を突出部とし,農産物,農具の生産・販売をはじめ衣食住関係商品の売買が隆盛となる。貨幣を欲する領主によって年貢公租の貨幣地代化も進展するので,近世封建経済下で想像以上に貨幣経済が浸透する。市場経済原理が,一方では封建領主経済を支え補完しつつ,他方では突き崩していく。本百姓小農民が一部の豪農・地主層と大部分の貧農小作人層へと分化していく過程で,市場経済の一般的成立を地方農村で認識できる。先進資本主義列強との国際交易の開始は,内的に展開してきた傾向を一気に燃焼させ,混迷と激動のなかから近代資本制下の市場経済原理の確立を生み出す。産業革命は,国民経済の全局面が市場経済の商品価値法則に貫徹されたことを物語る指標である。

非市場経済の諸様相】原始的な交易のはじまる以前の歴史段階や,純粋な計画経済をもつ人類理想共同体社会や,あるいは古代末以来,現代にいたるまで各地に散見する強固な精神と生活全般の結合を伴う信仰共同体などにおいては,市場経済がその内部に成立しないばかりか外部とのあいだにも極度に限定された枠組みの範囲内でしか成立しない場合が多い。信仰共同体の事例としては,中世の隠遁修道士たちの自給自足の信仰と労働から,西南フランスや北西イタリアの山地で反ローマ=カトリックの強烈な信仰を守りぬいたワルセンデス派や,中欧の原理主義(聖書に忠実)的福音派のメノナイト派や,戦前の天理教・天理ほんみち大本教などの基幹,あるいはむろん,イエス昇天後の約1世紀内の原始キリスト教徒らの基幹などがあげられる。彼ら相互のあいだには商品交換や市場経済はなく,無償労働の給与や贈与が成り立っていた。理想共同体とは,信仰的には千年王国あるいは阿弥陀来迎の浄土世界のことであり,イデオロギー的には共産主義社会あるいは真の自由の王国とでもいうべきもので,人類史の現段階では,もちろん抽象概念によって総括されるべき理念である。海難事故や戦争逃亡や山猫的徹底抗戦を原因とする,まれにしか起こり得ない「無人」島での単独生活の場合にも市場経済はみられない。18世紀のイギリス作家ダニエル=デフォーが実話にもとづいて創作した『ロビンソン=クルーソー』物語はその典型であり,19世紀経済学の確立期以来,多くの学者に取り上げられた。資本制の発展とともに貨幣経済が拡大深化するなかで,市場経済が混迷の度合いを増し,純粋把握が困難になってきた段階では,無人島に一人暮らしの近代経済人(ホモ=エコノミクス)の生活と労働における時間と労働力の配分,その根底としての労働価値配分,さらに生産=流通=消費の同一人における存在などをめぐる実体分折と抽象化作業が,課題の解明に単純化をもたすからである。なお現在の世界の辺境に残存する未開人種のあいだでは,いまだに非市場経済が強い慣行として維持されている。

社会主義経済との関連】現代世界経済の約三分の一を占める社会主義ソ連圏の経済は,本質的には市場経済にもとづく。なぜなら商品経済の価値法則(高品に含まれる労働価値の価値どおりの売買が貫徹すること)が現実的にいぜんとして成立しているからである。しかし,1917年のロシア革命は,遅れた東欧の神聖ツァーリズムの軍事的封建的専制帝国で発生したわけで,国内の反革命派や旧守派の抵抗や国際資本主義列強の外敵による革命干渉戦争もあり,いわゆる戦時共産主義の非常休制が強行された。その過程で軍事的・命令的な一党独裁支配が誕生した。経済体制はその後ネップ期から数次の五カ年計画期を含めて,一党独裁とその官僚体系による人為的・イデオロギー的な指令と調整と行政が,いわば商品経済のもつ価値法則を克服・飛躍した高い段階において運行されるという幻想が生まれた。市場経済が大幅に制限され,土地や生産手段の国有や公有のもとで,計画経済が高度化していけばいくほど,ソ連経済の水準は高まり,かつソ連における市場経済部分は必要度が低下し,極少部分に縮小されるとしていた。歴代ソ連指導層のこの幻想は,スターリン主義時代(1930〜1950年代)に,第二次世界大戦期の戦時指令経済を含み,行政的・理論的・思想的な誤りと党最高幹部への偶像崇拝を悲劇的に拡散して,世界中のマルクス経済学者たちを錯誤に陥れた。現代資本主義への誤解と過小評価および無誤謬の党信仰が,非市場的社会主義像を非現実的に強制していた。1950年代末のフルシチョフ政権によるスターリン批判や,1950年代末からのチトーのユーゴスラビアのソ連圏包囲下の市場性社会主義の試みとの妥協は,ソ連経済の真実の把握への熱望をよびさまし,抑圧していた実際的市場経済の現実問題を一気に露呈することになった。東欧圏諸国や文化大革命後の中国などにおける社会主義は,理論と教条の事大主義的制約から一定度解放された。市場経済の原則のうえに立ち,資本主義列強や第三世界と自由国際市場を通じて連関しなければ,社会主義建設や拡大強化という経済発展の実体が成立し得ないことが実証されてきた。社会主義党官僚の指令行政と指導経済の機構が必然的に生み出す無駄・浪費と刺激の少なさは,社会主義体制のもつ多くの優位性をおびやかすに至ったからである。地方分権の拡充,各企業体の自主性拡大,都市職人・都市小商人・小農民らの自営化と創意性の刺激策などが取られた。中央の押しつけ計画の指導と法令にもとづかないで,自由な競争原理が一定度働く,市場性を豊かにもつ社会主義が,現代東欧ソ連圏(キューバ.中国を含む)の特徴といえる。しかし逆に,社会主義の計画経済のメリットが希薄化し,むしろ資本主義体制の市場経済のデメリットが大幅に浸透して,勤労者間に所得や知識・技術の格差が拡大してしまう難問が発生してきた。貨幣経済のもつ歴史的なひずみと人間疎外と社会問題が,社会主義諸国に露呈しはじめ,高度に発達した資本主義大国よりも深刻な市場経済の欠陥を受容せざるを得なくなってきているのは,歴史の皮肉ともいえよう。

〔参考文献〕マルクス『資本論』