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●死者供養 ししゃくよう

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 死者供養には,葬式も含まれるが,ふつうには,死後に行われる供養や諸行事をさす。その主要なものには,初七日,それ以後の7日ごとの逮夜,四十九日,百ヵ日,一回忌,三,七,十三,十七,二十三,三十三回忌などの年忌供養,初盆,初彼岸,巳の日正月などがある。

【オカンキ】17日のあいだは,講中(葬式組)が集まって看経(オカンキ)する。現在は,葬式から帰ると,お床の新仏(位牌)の前でオカンキをするというところが多い。悔み念仏,釘念仏などと,呼ぶ地方もある。

【野見舞】津軽では,埋葬した墓のまわりに巻藁を燃やす。一晩に3回も燃やしに行く。これを17日のあいだ行う。ツヤトウともいう。このように,墓参りを17日のあいだ,あるいは,49日のあいだ,行うところは少なくない。

【二日洗濯】フツカ洗いともいう。嫁と身内の女の2人で,亡くなって2日目に,死者の着物を川で洗濯する。この着物は,北にむけて,昼も夜も干しておく。ミッカの洗濯という。この着物には,毎日水をかけるので,ミズカケキモノともいう。七日ザラシといって7日間,また49日間干すところもある。49日間,死者がこの着物に隠れているともいう。

【初七日】死後7日目をショナノカ,アタリナヌカ,ハツタイヤ,シアゲなどと呼んで,七日の法事を営む。中陰のあいだの7日目,または5日目は,一つの境目と見倣されており,強い忌が,ここで明けると考えられている。アラビアケともいう。そして,この日の作法には,中陰明けの場合と似かよったものが少なくない。ヒツカエシナヌカというように,もともと七日に行っていたのを繰り上げて,葬式当日に営むところも多い。また,初七日には,死者の霊が帰って来るというところも少なくない。

【四十九日】死後49日目を,中陰明け,満中陰忌明け,ヒアキなどという。死の恐ろしい忌みも,7日ごとに,しだいに薄れ,四十九日には,お寺さんを呼んで法要を営み,集まった近い親族などが打ち揃って寺へ参る。そのあと,一同膳につく。必ず,ナマグサをつける。精進落としである。したがって,この日までは精進料理である。現在は,精進オチも繰り上げて行うことが多い。四十九餅といって,一升のモチ米で笠の餅と四十九の餅をつくる。この餅は枡の底で,または鍋の蓋に載せて切る。または,2人で引っ張りあって食べる。釘抜き餅ともいう。カタミワケ(遺産分配)をする。死者の着物を分ける。着物には,死者の霊魂が籠り易いと考えられていたのであろう。

【年忌】一周忌(ムカワリ),三,七,十三,二十三(十七,二十五,二十七)回忌を営む。三十三回忌で,年忌の終わりとし,トイアゲ.トイキリなどと呼ぶ。ウレツキ塔婆,ホイツキ塔婆などを立てる。三十三年忌がすむと,先祖の神になるという。五十年忌などをする家もある。

【口寄せ】東北地方の巫女(イタコ,オカミサン)による口寄せが,よく知られているが,全国各地で,いまも行われている。死後,49日のあいだに,岡山県の笠岡市付近では,笠岡市の大仰院に参る。かつては,岡山県内の各地から,伯耆の大山に参っていた。大山に参れば,死者にあえるという。大仙院は大山の智明権現を勧請したものである。全国各地に,死後,必ず参るという霊山が少なくない。霊山に参り,巫女に仏(死者)を招ぎおろしてもらい,死者に,その欲するところを語らせる。死者の欲するように,死者をまつることが,主婦の大切な勤めと考えられている。なお,大仙院では,供えた菓子や賽銭が,死者のもとヘ届くと信じられている。以前には,着物が供えられることなどが多かった。

〔参考文献〕柳田国男『葬送習俗語彙』1975

佐藤米司葬送儀礼の民俗1971

『岡山県史 民俗II』1983