●猪害 ししがい
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猪は山野の動植物の食べられるものをすべて食う雑食性があるが,とくに芋類を好物とし,このため芋類はつくれないとする山村が多いほどである。猪害を防ぐため幕府は猟師砲・威(おどし)鉄砲の農具としての使用を認め,猟師給,玉薬(たまぐすり)代は村入用金の半分を占めたが,1頭10疋前後を毎年産む多産の猪害を防ぐため猟師へ褒美金を大・二歳・ラリ坊・鹿と分けて与えている。高遠藩新山地区では藩の猪狩りが大規模に行われ,木曽山脈東麓の猪土手の構築は,藩寄人足によったが,このためか,1858年(安政5)以降,猪鹿の被害は跡をたったとされている。しかし,中断すれば増え,5里10里を行動する猪の一夜の害は大きい。〔参考文献〕早川孝太郎『猪鹿狸』1975,角川書店
向山雅重『山村小記正・続』慶友社
千葉徳爾「伊那谷南山地方の猪鹿防除」伊那398・400号
塚本学『生類をめぐる政治』1983,平凡社
松山義雄『狩りの語部』1977,法政大学出版局