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●刺史 しし

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国の官名。前漢武帝が前106年(元封5)に全国を13州にわけ,6条の詔書を奉じて各州に派遣し,郡守以下地方官の監察にあたらせた。当初,秩は600石と低く秩2,000石の郡守を監察することは不合理であるとして,成帝のころに秩真2,000石に引き上げ牧と改称された。以後,官名は牧(州牧),刺史と変更を繰り返す。42年(建武18),刺史は州内に治所を定めるようになり,くだって後漢末,霊帝のころの地方動乱に対応して188年(中平5),兵権を有する州牧が新設され,郡県の上に位置する地方長官的色彩が強まってくる。魏晋南北朝では,刺史は将軍職との兼務を常例とし属僚の数も増し,地方分立傾向がすすんだ。そして,政情の不安定は刺史の軍事面の重要さを増し,州の民政をも軍府の官が左右するようになる。隋唐時代になると,都督府(隋では総管府)をもって刺史の兵権回収につとめ,刺史本来の地方監察機能も按察使・採訪処置使がとってかわることになるのである。