●子思 しし
アジア 中華人民共和国 AD492 南北朝時代
前492〜前431(哀公3〜悼公37)中国戦国初期の儒家。孔子の孫。諱はキュウ※注1※。子思は字。孔子に先立って死んだ鯉(伯魚)の子。魯の穆公(在位前407〜前377)に仕えた。曽子の門人で内面的倫理の追求につとめ,孟子はその孫弟子である。『漢書』芸文志に,『子思』23篇の書名がみえ,『礼記』に現存する「中庸」・「表記」・「坊記」・「緇衣」の4篇はその一部とされるが,戦国中期以降の子思後学の著作が多い。「中庸」の前半は比較的古く,「中」とは過不及なしといった平凡な道徳標準。曽子が孔子の仁を孝をもって説明したのをさらに中庸をもって敷衍したのである。「中庸」の後半は芸文志所見の『中庸説』2篇の混入したもので成立は新しい。「中=志=誠」とし,誠を天賦の人性にもとづくものとする思弁的展開を示す。南宋の朱熹は「中庸」を改編単行して「四書」の一に列し,子思を道統に位置づけた。戦国儒家における子思後学の盛行は,『荀子』非十二子・『韓非子』顕学にうかがわれる。
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