●四国同盟 しこくどうめい
ヨーロッパ 英国 AD1815 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1815年11月,イギリス・ロシア・オーストリア・プロイセンの4ヵ国で結ばれた同盟条約。ナポレオンの百日天下はヨーロッパ諸国を驚かせたが,彼の再挙はウィーン会議でいがみあっていた諸国を固く結びつけることになった。四国同盟はその一つの現れといえる。ウィーン会議ではフランス革命からナポレオン時代にいたる4分の1世紀にわたる混乱と絶えざる争いを収拾し,新しい国際秩序を確立しようとするねらいがあった。ただ,この新秩序は旧秩序の復活という性格が強く,民衆の希望や自由主義,国民主義の精神とは無縁であった。このためジャコバン主義への恐怖やナポレオンの再起を防ぐためにも,必要ならば軍事力を行使してでも革命の勃発を防止すること,4国の君主または使節がヨーロッパの平和維持のため定期的に会合することなどが規定されている。なお1818年,フランスが参加して五国同盟となった。1822年に瓦解した。