●資源エネルギー問題 しげんエネルギーもんだい
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【資源エネルギーの概念】資源とは広く,人間の欲求を満たすために生産過程に投入,あるいは生産過程において利用される物質をいう。エネルギーは資源中でとりわけ仕事をする力,動力に用いられるものをさす。資源には大別すると二つの種類がある。一つは,加工あるいは未加工状態で消費される生物(鳥獣・昆虫・爬虫・魚介類),無生物(土地・鉱物・森林・水など)の天然資源である。第二は,これらの生産活動を組織し,潜在的資源を顕在化する人的資源(労働力・技能・熟練・労働者の士気)および文化的資源(科学技術・生産制度・組織)である。ふつう資源というときには,前者の天然資源をさす。天然資源はまた,枯渇性の資源と非枯渇性の資源に分けられる。枯渇性の資源とは,ある一定期間内に一定品位の埋蔵量・賦存量をもつ資源が,開発とともに非可逆的に減少,枯渇していく場合をさし,鉱物資源,鉱物燃料はこの範疇に属する。非枯渇性資源とは,一定期間内に再生可能な資源であり,森林・水・動植物類の多くはこの分類に入る。天然資源には埋蔵量という概念がある。埋蔵量には確認埋蔵量,推定埋蔵量,究極埋蔵量の3種がある。確認埋蔵量とは,現在の技術,価格で採掘できる一定品位の鉱脈や油田で,その容積・数量が確認されているものをさす。推定埋蔵量とは,その時点の技術・価格で採掘する場合の経済性はわからないが,あるひろがりをもった鉱脈,油田の存在が推定されるものをいう。究極埋蔵量とは,現在未発見のものを含め,究極的に鉱脈・油田の存在が予想されるものの総計をさし,かなり漠然とした概念である。石油の場合,1983年の世界確認埋蔵量は920億tである。同じ年の生産量は28.5億tであった。確認埋蔵量を年生産量で除した数値(R/P)が可採年数と呼ばれる。可採年数は,現在の鉱脈・油田が,現在の採掘方法を続けた場合に何年程度維持できるかの目安となる。しかし,それは可採年数が経過したとき,資源が枯渇していることを意味するものではない。1980年の可採年数は32.3年(920/28.5億t)だが,1970年には確認埋蔵量799億t・生産量23.5億tで,可採年数は34年であった。つまり,1970〜83年間に世界の膨大な石油消費(1970年代だけで,人類が石油を本格的に開発しはじめた1859年以来,1世紀間に消費した石油量を上回るとみられる)にもかかわらず,可採年数にはほとんど変化がなかった。これは,年々石油等資源の確認埋蔵量が増えているからである。確認埋蔵量が増えるのにはいくつかの理由がある。第1には,天然資源の価格が稀少性その他の理由により上昇すれば,より広汎な探査・探鉱が経済的となり,それだけ資源の埋蔵量も増える傾向がある。1971年の第1次石油ショックにより,10年以上低迷していた原油価格が一躍4倍に引上げられたのち,北海,アラスカ,メキシコ湾,中国,インド,エジプト,シャム湾など世界各地で新規油田の発見・開発が相次ぎ,世界原油生産に占める石油輸出国機構(OPEC)のシェアが低落したことはそれを示している。第2に,資源埋蔵量は上述したように市場価格,コストと関連している。市場価格が上がれば,新規鉱脈・油田の発見がない場合でも,埋蔵量は次の二つの仕方により増加する。一つは,賦存が推定されている鉱脈・油田から埋蔵が確認される量が増える。つまり,推定埋蔵量から確認埋蔵量への“見直し”が増加する。通常確認埋蔵量の増加分の1番犬きなものは,既存鉱脈・油田の“見直し”による(1960年代における世界石油確認埋蔵量の年増加分で平均7割は既存油田の“見直し”によった)ものだが,価格の上昇は低品位鉱を含め見直し分を増大させる。二つめは,低品位鉱の採掘が採算にのり,それだけ全体の資源賦存量を増大させる。たとえば,アルミニウム原料のボーキサイト鉱石は,通常Al2O350 〜65%の成分の鉱石をさすが,ボーキサイトが欠乏し,市場価格が上ったり,または技術革新により採掘コストが下がったような場合には,それだけ低品位鉱の採掘が可能になり,確認埋蔵量に追加が行われることになる。もし,Al2O325〜30%の灰長石(どこにでもある火成岩)やラテライ土からアルミニウムが精錬されるようになれば,地球のアルミニウム資源は事実上無限大となる。同様に,深海底のマンガン団塊(賦存量20兆〜30兆tと見積られる)の開発がすすめば,マンガン,コバルト,ニッケルなどの埋蔵量は大きく増大することになろう。しかし,事実上はこの数十年間主要資源の確認埋蔵量は表1にみるように,いずれも大きく増大している。現在の生産(=需要)に十分な埋蔵量が存在する場合には,採掘産業はわざわざ費用を投下して,探査・探鉱を行わないのが通例である。このほかに,技術革新,技術水準の影響を忘れるべきではない。技術革新,技術進歩は一方では資源の代替性を高め,他方では資源の回収率を高める。石油の場合には,価格高騰により工業国の省エネルギー技術がすすみ,70年代を通じて石油需要はそれほど増えなかった。日本の場合にも,1970年代初めに80年時の原油輸入量は5.5億klと見積られていたが,現実には省エネルギー技術の進展により,73年の3.2億klをピークとして,83年には2.4億klに低下している。このような場合には,資源賦存量は相対的に高まることになる。資源リサイクルの進歩も同様の効果をもつことになろう。
【南北問題と天然資源】資源の概念は本質的に動態的なものである。それゆえ70年代初めに「資源危機」や「資源枯渇」が騒がれたことがあるが,枯渇性の資源にせよそれが近い将来になくなる性質のものではない。70年代におこった「資源エネルギー危機」は,物理的なものであるよりは,むしろ南北問題に関連した政治経済的なものであった。資源には地理的な偏在性がある。それゆえ,特定地域における資源枯渇はつねにおこりうる。同時に,この地理的偏在性には歴史的な要因もある。先進工業国では一般に石炭,天然ガスの賦存量が大きい。これは,産業革命の過程で国内鉱物を大部分開発したからである。国内資源の枯渇と,工業需要の増加に伴い先進国は,熱帯・亜熱帯に原燃料を求めて,植民地分割を行った。これ以後,アジア,アフリカ,ラテンアメリカの諸国は,先進国に対する原燃料の供給地として発達することになった。いわゆる国際分業体制である。世界生産に占める発展途上国シェアをみると,1970年代初めに,鉄鉱石では40%,錫鉱石では69%,マンガンでは46%,ボーキサイトでは70%,銅では46%,石油では74%が途上国生産であり,そのほとんどが輸出されるため,世界輸出シェアでみると,その比重はさらに大きくなる。1960〜1970年代に発展途上国を主とした原燃料の生産国同盟が次々と結成されるが,世界輸出に占める生産国同盟のシェアは,表2にみるようにきわめて高い。
非西欧地域における原燃料の組織的開発は,まず自国での鉱物開発により基礎を固めた国際巨大資本,多国籍企業の手で行われた。原燃料開発には莫大な中長期的投資が必要であるし,また原燃料取引も工業国の大メーカー対象であるために,原燃料は国際巨大資本に支配される傾向がある。第1次石油ショック前に,世界の石油生産の65%がエクソン社など8大メジャー,銅は4割がケネコット社など9大会社,アルミニウムは65%がアルコア社など6大会社,ニッケルは86%がインコ社など4大会社によって支配されていた。だがこの多国籍企業支配は,生産国にとっては資源の安定した輸出販路を提供したものの,その反面,自国資源が安価に海外に運び去られ自国の発展に寄与しないこと,生産国が植民地から独立して以降,多国籍企業による資源乱掘傾向が目立ち,資源枯渇傾向もみえてきたこと,多国籍企業の活動が自国の経済活動に統合されず,国の発展方針と矛盾する場合(たとえば資源の国内加工が行われないことや,子会社の生産・販売・財務活動が政府により把握,統制されないことなど)がしばしばあること,などの理由から,生産国が多国籍企業と対立する局面も増えてきた。1973年の第1次石油ショックは二つの内容をもった。一つは,資源価格の設定権を,生産国がカルテルの力によって,多国籍企業から奪うのに成功したことである。実際,1950〜1960年代を通じて,工業製品価格は工業国の所得上昇とともに上昇したのに対し,多国籍企業に押さえられた原燃料は,世界需要の増大にもかかわらず,低水準で低迷し,途上国の交易条件悪化を導いた。第2は,生産国が原燃料生産会社に対する経営参加,国有化をすすめたことである。今日,石油・銅・燐鉱石などについては,ほぼ生産国の生産会社支配が確立するようになった。その結果として,8大メジャーの世界原油供給に占める比率は,1970年の65%から1980年には約44%に低下した。価格設定,生産会社統制の2点において,OPECのような生産国同盟方式が成功を収めたため,1970年代に諸天然資源について生産国同盟が次々と設立され,多国籍企業,消費国に対する交渉力の強化をめざしたことは前述の通りである。実際,主要資源に対する多国籍企業の支配度は,1970年代を通じて大きく低下した(表3)。しかしながら多国籍企業は依然として,探査,流通,処理,研究開発などの両で大きな力をもっている。発展途上国は石油ショック後,広く自国資源に対して主権を確立することをすすめ,これを国際常識と化することを意図した。これが,いわゆる「新国際経済秩序」の考え方である。これは第1次石油ショックに引続き,非同盟諸国の呼びかけにより1974年に開催された国連資源特別総会,同年末の第29回国連総会で次々と採択された「新国際経済秩序樹立に関する宣言」「国家間の経済的権利義務憲章」に盛られた思考で,一つには,資源主権・経済主権の理念の確立,他方では,南北格差是正のための国際協力を定めたものである。こうして資源問題は,南北の不平等な国際分業関係是正のための焦点として登場したのである。
【日本のエネルギー需給と代替資源】1950年代の半ばに,日本の1次エネルギー中半分は石炭で占められていた。このころには,エネルギー需要の8割は国産エネルギーで賄われていた。しかし,1950年代後半からの国際分業にもとづく高度成長期に,海外からの安価な石油輸入が急増し,73年には石油,LNGなど輸入エネルギーが約9割を占めることになった。
だが,1970年代に2次の石油ショックがおこり,1973年には原油の公示価格が1バーレル当たり2,742ドルから11,651ドルヘ,また,1979〜81年には,基準価格が12.7ドルから34ドルまで引上げられた。この原油価格引上げは,多国籍企業から生産統制権を奪回した生産国が,先進国製品に対する石油交易条件の是正とともに,資源の浪費に警告を発する動きでもあった。そして実際,1970年代における日本産業界の省石油・省エネルギーの努力はめざましいものであった。1973年の原油輸入量2億8,667万klを頂点として,1982年の2億4,000万klにいたるまで,原油輸入は横ばい乃至やや低下傾向をたどり,国内総生産の伸び率に対する弾性値は,大幅のマイナス(1973〜82年で年平均−3.6%・欧米諸国は−2.2〜3.0%)であった。日本の場合には,エネルギー消費の内訳をみると,1970年代半ばに産業60%,運輸16.4%,民生23.6%の比率で圧倒的に産業部内の比率が大きい(アメリカでは各33.2,32.8,34.0%,西ドイツでは42.1,17.4,40.4%,イギリスでは42.0,21.3,36.7%)。これは,民生部門に数えられる第3次産業の比率が日本でまた相対的に小さいこと,中央暖房の普及率,産業部門が安価なエネルギーを大量消費する形で発展してきたこと,などを原因としているだろう。それゆえに,価格上昇に敏感に反応する産業部門の比率の大きい日本で,最も効率的に省エネルギー・省石油化がすすめられた。1972年に1次エネルギー供給の78%にまで達した石油の比率は,82年に62%にまで低下した。実数では3.16億klから,2.40億klへと24%の低下である。鉄鋼,石油化学,セメント,板ガラスなどで,運転管理,廃エネルギー回収,生産工程改善などにより,エネルギー原単位(単位当たりのエネルギー使用率)は,1973〜82年間に15〜27%低減した。同じ期間に日本の1次エネルギー需給は,4.07億kl(石油換算)から3.88億klへとやや低下している(表4)。この省エネルギーの過程は,同時に石油の代替化の過程でもあった。1973〜82年間に,石油の比重低下と並行して,石炭(15.5%から18.5%ヘ),原子力(0.6%から6.9%ヘ),天然ガス(1.5%から7.0%ヘ),水力(4.6%から5.4%ヘ)など,いずれも増えている。地熱や新燃料油(石炭液化など),新エネルギー源もその比重は小さいが増えている。1983年11月に発表された総合エネルギー調査会の見通しによると,1990年には,石油の比率は引続き低下する(実数で1982年と同水準)が,石炭・水力の比率は低下する。石炭や石油など炭化水素の燃焼は,環境汚染と同時に大気中の二酸化炭素を増大させるが,これが地球に温室効果をもたらし,気象変化を引きおこすことが憂慮されている。また,水力資源には一般水力と揚水があるが,前者はダム立地が限られていること,後者は地盤沈下などの問題点をもつ。そして,現在(1975年)の水使用率(降水量から蒸発散量を差引いた水資源賦存量に対する水需要量の割合)22%は,2000年には32%程度に高まると見越されている(国土庁『21世紀の水需要』)。したがって,水資源の再生循環,用途別使用などの資源保全措置が講じられていかないと,水力資源の増大は困難である。80年代にはそれゆえ原子力,世界的に埋蔵量の豊富な天然ガス(81年時で約82兆立方mで,同年の生産量は1.6兆立方m,可採年数は50年),新燃料油,新エネルギーの増加に期待がかけられているわけである。
原子力発電所は1984年時に25基稼動しており,さらに13発電所が建設中である。原子力燃料のウランはオーストラリア,南アフリカ,アメリカ,カナダなど先進国での埋蔵量が多く,安定供給が期待できること,燃料の単位重量効率が高いこと,価格が相対的に安いこと(84年で1kw当たり石油,LNG19〜20円,石炭火力15円に対し原子力12円)などの理由により,石油代替エネルギーの本命として期待されている。だがその反面,原子力発電所による環境汚染,事故の危険性,前記の価格が放射性廃棄物処理や使用済み(三十数年で原発は寿命切れとなる)の発電所の解体費用を含まないことから,結局は割高となるおそれが強いことなどから原発の将来もけっして楽観的なものではない。世界的にも原発建設は遅れる傾向にある。新エネルギー源としては,地熱・太陽熱・光・石炭液化・ガス化・風力などが,あるいは実用化,あるいはパイロット=プラント建設の段階に達している。このほかにも風力・バイオマス・海洋(温度差・波力・潮汐)・廃熱・廃棄物利用・中小水力などの可能性もある。しかし,新エネルギー源開発はややもすると石油価格の上下に振り回される傾向がある(通産省のサンシャイン計画の停止など)。こうして2000年には,原子力,新エネルギーの比率が大きく増えると見積りながらも,再び石炭の比率を高めざるを得ないという,表4の2000年試算の苦しみが出てくる。結局のところ2000年にむけては,引続き省エネルギーの努力とともに循環,再生エネルギーや地方的エネルギーの活用が必要になってくるだろう。
【非枯渇性資源の将来】日本のエネルギー需給においては,再生,非枯渇性資源の役割が重要になることをみた。これは,太陽,風力,都市ゴミや植物などのバイオマスなどをさしている。しかし世界的にみると,非枯渇性資源のいくつかのものは深刻な問題に直面している。水資源のタイト化については,すでにふれた(アメリカ政府の『西暦2000年の地球』報告(1980年)では,水利用の増大と水質汚濁の双方の理由から,地球の1人当たり利用可能水量は2000年にむかって低下し,かなりの地域で水不足問題がおこるとみている)が,ここでは魚と森林についてみておこう。世界の漁穫量は,1960年代初めには4,500万t程度で,6〜7%の率で増えていた。しかし,1971年,6,800万tに達してから1972〜73年に減り,76年以降,7,000万t台で1〜2%の微増にとどまり,82年の漁獲量も7,677万tである。世界第1の水産国日本の漁穫量も1,000万t台で低迷するようになった。魚は自然の増加分だけつかまえていけば絶滅することはない。しかし,近年の利潤優先のトロール,巻網漁法により,高価格魚も低価格魚も無差別的に捕獲され,低価格魚はそのまま洋上投棄される。また,世界の漁獲高の3割(先進国では7割,発展途上国では2割)が飼料用のフィッシュミールだが,これは非食用なので幼稚魚がそのまま捕獲されてしまう。こうして,いくつかの主要漁場では資源量が急減する事態がおこった。ここから200カイリ経済水域を中心とした新海洋法が,国連の場で施行されることになる。世界の森林,とくに熱帯林も破壊にさらされている。世界の森林(樹冠面積が単位面積の2割以上)は約25億ha存在するが,うち11億ha弱が熱帯林である。この世紀間に熱帯林の面積は4割減少し,さらに今世紀末にかけての20年間に,途上国森林は4割減少するだろう。これは,農牧地開拓,薪,木材輸出などを理由としている。いったん森林が失われると水資源の循環も難しく,旱ばつがおこりやすくなる反面,降水時には土壌が流失しやすく,土地が侵蝕され,砂漠化がすすむ。今日アフリカを周期的にみまっている旱ばつは,熱帯林の急速な減少と無縁ではない。今日の世界ではこうした貴重な再生可能,非枯渇的資源もまた,利潤優先の乱開発の前に失われる危険性が高まっている。省資源・省エネルギーの一層の努力とともに環境保全,そして自然の調和した生活様式の確立が要請されるゆえんである。