●式部省 しきぶしょう
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大宝・養老令制における八省の一つ。『和名抄』による訓は「乃利乃豆加佐(のりのつかさ)」。『日本書紀』天智天皇10年正月条などにみえる法官は,本省の前身にあたると考えられている。養老職員令によれば,本省には四等官以下,史生,省掌,使部,直丁が置かれていた。式部卿の職掌としては,内外の文官の名帳,考課,選叙をはじめとして,朝廷の礼儀,版位(朝廷における座席の標札),位記,勲簿の校定,論功封賞などがあり,主として文官の人事や養成,行賞などをつかさどった。なかでも,文官の人事を担当することは,本省が八省のうちでもとりわけ実力のある官司とされる原因となった。被管官司には,大学寮,散位寮の2寮があり,このうち散位寮は896年(寛平8)9月に本省に併合されたものである。大学寮は学生の簡試および釈奠のことを,散位寮は散位の名帳,朝集のことを,それぞれつかさどった。なお,本省は758年(天平宝字2)に藤原仲麻呂の建策によって文部省と改称されたが,彼の没落とともに764年(天平宝字8)には旧名に復している。