●直播 じきまき
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農作物の種子を直接本圃たる耕地にまき付けること。作物の作付け法には直播と植え付け(苗を作っての移植と里芋などのように種芋を植え付けるのがある)とがあるのだが,ここには日本の農耕文化の系譜を考える一つの手がかりがあるとされている。直播法には種子がまかれる形状から,ばらまいてしまう撤播(さんぱ),耕地に作条または畝立(うねたて)をし,そこに筋状にまく条播(じょうは),多く作条・畝立をして株状にまく点播(テンパ),耕地面に点々と穴を穿(うが)ち,その中へまく穴播(けっぱ)の4方法がある。また,直播法は種子をまくときの施肥法によって,素まきと種肥混合まきの2方法に分けられる。素まきは種子だけでまく方法で,このときの施肥は別に耕地に行う場合(これを耕地肥という)とまったく行わない場合(無肥)がある。種肥混合まきは種子と肥料と混ぜ合わせてまく方法で,この場合の肥料(これを播種肥という)には,堆肥,灰,下肥(人糞尿)を組み合わせて用いるのが一般的である。直播法は以上の直播の形状と直播時の施肥によって類型化でき,表のように12の直播型となる。
日本の慣行的な直播法には,この類型をめぐっていくつかの傾向がある。水稲・陸稲・大麦・小麦・稗・粟・ソバ・キビ・モロコシ・トウモロコシといった穀類や大豆・小豆の豆類でみていくと,播種肥撤播型と播種肥穴播型の直播法はほとんど行われておらず,慣行的な直播法は10類型のどれかをとり,水田稲作,常畑(定畑),焼畑という土地利用や作物の種類によって,それぞれの主要な直播法の類型は定まる傾向がみられるし,また地方的な特色もある。
直播は畑作に顕著な作付け法なのだが,水田稲作でも行われている。関東地方で摘田・蒔田,九州で実植実播といって,おおむね明治末あるいは昭和初期まで慣行的に行われていた稲作法は,播種肥点播型を主体とする方法であった。稲種子を堆肥または灰・下肥と混ぜ合わせ,摘み桶,摘み笊などと呼ばれる桶や笊に入れて持ち,代掻きをした水田面に指で摘まんで一定間隔でまき,ある程度成長してから株の大きさなどを揃えていくのである。播種の時期は,田植えによる稲作法の苗代への播種と同時期で,4月下旬から5月上旬のあいだがふつうである。直播による水稲作は静岡県や三重県などの一部でも慣行として行われ,種子島には撤播による水稲作もあった。慣行的な水稲直播に対し,北海道では明治中ごろに寒地稲作法として直播栽培法が開発・普及され,また第一次・第二次世界大戦後には稲作の省力化の1方法として,新しい水稲直播法が研究・開発され,一部の地方ではこの方法による稲作が行われている。
畑作では,常畑は耕地肥条播型,耕地肥点播型,播種肥条播型,播種肥点播型を主要な直播類型としてもち,焼畑は無肥撒播型が主要な直播類型となっている。常畑,焼畑は全国的にはこのような傾向をもつが,地方的な特色もみられる。焼畑では東北地方の北上山地で,アラキ鋤という踏鋤などを使って耕起,畝立をし,そこへ粟,稗,ソバなどを播種肥を用いて条播または点播する方法が行われた。常畑では,先の主要直播類型のうちの播種肥による方法が,北上山地,関東地方から中部地方の一部,九州地方に顕著にみられ,また大豆・小豆を中心に穴播による直播法が,沖縄・九州北西部と四国・山陽地方から近畿・北陸・東海地方で行われていた。作物ごとの直播法の変遷をみると,たとえば麦類では,播種肥による種肥混合まきが大正時代から昭和初期にかけてしだいに耕地肥による素まきになり,また点播が条播へと移り変わっている。関東地方を中心に小正月の予祝儀礼として粟穂,稗穂をつくり堆肥の上に立てることが行われているが,これは種肥混合まきの心意の現れである。直播法に対して移植法は,水田稲作の田植えで一般的だが,水田や畑の稗,常畑のシコクビエ,キビ,トウモロコシ,粟,麦,陸稲の作付けでも行うところがあった。
〔参考文献〕小川直之「畑作技術の研究」民俗学論叢4号,1983,相模民俗学会
小川直之「焼畑と摘田」『日本民俗研究大系』第5巻,1984,国学院大学
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