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●職分田 しきぶんでん

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 日本の朝廷は律令体制を形成することにより,支配下の人々の口分田の規模を制限してそれ以外の田を奪取,その多くを高位高官の者などに配分した。職分田は,位に応じて配分される位田と違い,特定の官職に就いている者に付与された田であった。『令義解』に収められた田令では,太政大臣・左右大臣・大納言にそれぞれ40町・30町・20町とされている。在外諸司としては大宰府職員や国司の職分田があり,最高額はそれぞれ10町・2町6段と定められている。郡司の職分田として大領6町,少領4町,主政と主帳2町と規定した条文もある。在外の諸司の交替時には,すでに〈種(う)え〉てあれば前任者のものとし,耕しただけの場合はその功直を払って後任者の田とするという規定があり,『令義解』は,大納言以上の職分田もこれに準ずるとの解釈を載せている。ここには,職分田を自ら耕種する田とする認識が示されている。