●紫香楽宮 しがらきのみや
アジア 日本 AD
聖武天皇が造営した奈良時代の皇宮。甲賀宮,信楽宮ともいわれる。聖武天皇は,藤原広嗣の乱の最中に皇居を「恭仁京(くにのみやこ)」に遷郡し,信楽の地に離宮を建て,しばしば行幸を行った(742年に一時遷都したという説もある)。天皇は743年(天平15)には大仏造営を発願し,さらに745年(天平16)には,この地を都と定めたといわれる。しかし,信楽遷都,大仏鋳造については,経済的ひっ迫と徴発農民の疲弊がきわだってきたために,建設途中に,太政官の官人たちや平城に残っていた僧侶たちの反対に会い,ついに紫香楽宮を放棄して,平城京に遷都するにいたった。紫香楽宮は現在の滋賀県甲賀郡信楽町にあり,1926年(大正15)10月には史跡として国の指定を受けている。現在でも,その遺跡には,多数の礎石や古がわらなどが残っている。〔参考文献〕肥後和男「紫香楽宮阯の研究」『滋賀県史蹟調査報告4』1931
![]()