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●志賀島 しかのしま

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 江戸時代後期の1784年(天明4)に〈漢倭奴国王〉と彫られた金印の出土地として有名。博多湾の入り口に浮かぶ周囲8キロの小島で,福岡市東区に属する。現在は海の中道と砂洲でつながり,陸続きとなっている。『万葉集』巻第16に〈志賀村〉,『筑前国風土記逸文』に〈志賀島〉,『三代実録』(874貞観16)に〈志質島〉とある。底津綿津見神・仲津綿津見神・表津綿津見神の3神を祭神とする志賀海神社がある。この神社は『日本書紀』景行天皇12年に〈志我神〉,『三代実録』,(859貞観1)に〈志賀海神〉,『延喜式』神名帳に〈志賀海神社三座〉とみえ,古くから海上守護の神として崇敬されていた。また志賀島は古代から漁業が盛んで,『万葉集』巻第11に〈志賀の海人の火気(けぶり)焼き立てて焼く塩の辛き恋をもわれはするかも〉と歌われている。1281年(弘安4)6月,蒙古軍が志賀島に上陸したとき,大友貞親安達盛宗らが攻め寄せて,これを破っている。

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