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●志賀重昂 しがしげたか

アジア 日本 AD1863 江戸時代

 1863〜1927 明治〜昭和の経世家。1884年(明治17),北海道札幌農学校(今の北海道大学の前身)を卒業,長野県で教職についたが,県知事と意見が合わず退職。1886年(明治19),海軍練習艦「筑波」に便乗してカロリン諸島,豪州,ニュージーランド,フィジー,サモア,ハワイを10カ月にわたって視察する機会を得た。すでに調査を進めていた知見に,この見聞を加え,論評を施したのが『南洋時事』(明治20)で,志賀の名は一躍して世に知られた。1898年(明治21),三宅雄次郎らと政教社をおこし,雑誌『日本人』を刊行して論陣を張り,進歩党の名誉幹事をへて1897年(明治30)農商務省山林局長に迎えられた。ついで外務省勅任参事官に任じられ,1898年(明治31),マーカス島の所領問題では「南鳥島」と改称して東京府の管轄下に入れた。1902年(明治35)衆議院議員に当選したが,数期ののち辞任した。2度の世界漫遊を試み,『世界山水図説』ほかを著作した。

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